精神科アドボケイト(権利擁護者)の活動指針案・事業モデル案(提案)
2021.05.04 UP
認定NPO法人 大阪精神医療人権センター
厚生労働省が導入を計画されている精神科入院者への権利擁護活動について、以下の活動指針案、事業モデル案を提案します。
なお、権利擁護(advocacy)の担い手は、英語では advocate と呼ぶほうが一般的なので、「精神科アドボケイト(権利擁護者)」という呼称を用いています。
精神科アドボケイトの活動指針案
精神科に入院している人々の権利を守ることを目的とする。権利擁護には、退院の促進を含む。
① 多くの精神科病院では、医療や保護の必要性を理由に、強制入院、隔離、身体拘束、電話・面会・外出の制限といった基本的人権の制限が日常的に行われている。病院側が強い権限を持つのに対し、入院者の味方になる人が付く仕組みがないため、力関係のアンバランスを改善する必要がある。
② 精神医療審査会による審査のうち、入院届・定期病状報告の審査は書面上の形式的なチェックしか行われていない。退院請求、処遇改善請求も本人からの請求を待つ制度であり、現状では請求件数が少なく、十分に機能しているとは言えない。
③ 療養環境や医療の進め方などの面でも、精神科病院の課題は少なくない。職員による暴力、金銭着服といった事件も、いまだに各地の病院で発覚している。人権状況全般を向上させ、安心して利用できる精神科医療にしていく必要がある。
④ 入院期間の長い人たち、社会的入院の状態にある人たちが多数いる。必要以上に長い入院で人生の限られた時間を失うことは、幸福追求権の侵害であり、財政面でも問題がある。退院促進につながるという意味でも、権利擁護活動の効果は大きいと考えられる。
入院者の味方として活動する。客観性を持った判断や公正さは必要だが、中立ではなく、本人の側に立つことを基本姿勢とする。日本の現状を踏まえると、本人から信頼を得るためにも、病院との力関係を少しでも対等に近づけるためにも、中立の立場の第三者ではなく、入院者の側に立った権利擁護者の導入が適切である。
医療を受けるかどうかは本人の自己決定が本来の原則であり、本人が医療を受けたくないのであれば、その意向に沿って活動する。
病院から独立した立場で活動する。アドボケイトの支援を希望する入院者は、病院を経由しなくても直接、利用を申し込めることとする。活動の場所、時間、方法、内容について、病院側と必要な調整は行うものの、病院からの管理・監督は受けない。入院者との面談は本人が希望した場合を除き、病院職員の同席なしで行う。面談内容は、本人が病院側への伝達を望んだ事項を除き、病院側へ伝えない。
入院者の個人情報や面談内容は、本人が関係先への伝達を望んだ内容を除き、秘密を守らなければならない。そうでないと、本人からの信頼を確保できない。
アドボケイトは、閉鎖病棟や保護室まで出向いて活動できることとする。入院者の置かれた状況や療養環境を把握するためにも、実際の支援を行うためにも、入院生活の現場へ出向く必要がある。精神科病院にとっても、外部の人間が病棟へ入ることによって、病院の閉鎖性が減り、風通しを良くなるというメリットがある。
入院者の話に耳を傾け、困りごとや悩みごとを聞くことが出発点になるが、単に話を聞くだけではなく、入院者の権利を伝え、本人の意向に沿って、実際に権利を守るために活動する。
具体的には、早期の退院、行動制限の解消、職員の行動・言動、療養環境、日常生活、金銭管理、医療の進め方などが主なテーマになる。ここで対象とする医療の進め方とは、診断・治療計画・薬についての説明不足、副作用への対処の不足、作業プログラムへの不満といったことを指す。医療内容のうち医学的・専門的な部分は、基本的には対象にしない。
必要があれば、本人の了解を得つつ、病院内の医療スタッフやソーシャルワーカー、地域の相談支援事業者、弁護士といった関係者に伝え、必要な改善や支援につなぐ。
なお、退院先の確保、家族との調整、経済的問題の解決といった具体的なソーシャルワーク業務は、院内のソーシャルワーカーや地域の相談支援事業者の役割である。
入院者の中には、長期の入院や管理された生活によって、無気力、無関心になったり、仕方がないと思っていたり、自信をなくしたりして、退院意欲や権利意識が弱くなっている人が少なくない。このため、その人が本来持っている力を取り戻して発揮できるよう、心理的な支援や知識・情報の提供を行う(エンパワメント支援)。その一環として意思決定支援、意思表明の支援も行う。
ただし、そうしたエンパワメントも本来は、退院支援委員会などで検討したうえで、医療スタッフや退院後生活環境相談員、地域の援助事業者が取り組むべきことであり、アドボケイトの活動は、異なる立場から機会を提供するという位置づけになる。
病院の人権状況や療養環境の改善向上に役立つよう、病院側と適宜、または定期的に話し合いをする。その際は、双方が落ち着いて冷静に意見交換しないといけない。
アドボケイトは、病院に対して上の立場から監督や勧告を行うものではない。病院から独立した立場という意味で、一定の緊張関係は必要だが、病院を敵視して攻撃することは、アドボケイトとして取るべき態度ではない。
精神科アドボケイトの事業モデル案
精神病床の入院者を対象とする。法律上の入院の種類は限定しない。任意入院の中にも、消極的同意(入院を拒否しない)の形で入院した人(非自発的入院)が含まれている。また、最初は本人の意思で任意入院して、後から退院したいと思うようになっても、病院側から説得されて入院を続けているケースがあるので、支援の対象とする。
権利擁護を効果的に行うため、次の2種類の活動を組み合わせる。
(A)個別の支援活動――個々の入院者から依頼連絡を受け、病院へ出向いて個別支援を行う。
(B)病院訪問型の活動―――各病院へ出向いて病棟へ入り、対象者を特定せずに相談に乗る。個別支援の活動だけでは、自分で連絡して支援を求める力のある入院者しか対象にならない。声を出せない人たち、気力や発信力の低下している人たちにこそ、権利擁護の機会を届ける必要がある。そのためには病棟へ出向いて、いろいろな入院者の話を聞き、相談に乗る活動が欠かせない。そうした病院訪問型の活動は、外部の目を入れて病院の風通しを良くするという意味でも、効果的かつ効率的である。両方をやらないと権利擁護として不十分になる。両方を並行して行うことによって、病院や入院者の状況の把握が立体的になり、活動に相乗効果が生まれる。
アドボケイトになるのは、精神科の入院経験者、福祉・医療・法律の専門職、一般市民など、資格や属性は問わない。入院経験者によるピア活動は、本人を勇気づける意味が大きい。
活動には、専門職を含めて、一定日数の研修(たとえば計3~4日間)の受講を条件とする。精神科医療の歴史、精神保健福祉と医療の法制度、精神科医療の人権をめぐる課題、精神医学の基本知識、権利擁護者の役割と姿勢、入院者の心理、対人援助の方法、利用できる社会資源などについて、基本的な知識と技法の習得が必要である。講義形式だけでなく、演習(ロールプレイ形式など)や実地研修も取り入れ、実際の権利擁護活動への見学実習も行うのが望ましい。
個別支援は、入院者本人から直接の依頼を受けて応じる。家族からの依頼も可能とする。アドボケイトの支援を依頼できることは、入院時の告知と院内掲示で周知し、職員からも随時、伝える。個別支援は、病院へ出向いて本人と面談することを原則とする。面談は会話の秘密を保てる部屋で行う。入院中の状況を把握する意味で病棟も見ておくほうがよい。面談後も、電話などで連絡を
取れるようにする。病院側は、面談場所の確保、病棟見学、通信連絡に協力する。
病院には複数で出向くのを基本とする。ただし状況に応じて1人で出向くこともありうる。
各病院・各病棟の状況の把握や、入院者とのかかわりの継続性を考えると、さしあたり1つの病院につき月1回以上、半日程度滞在する形で、病院訪問型の活動を行うことが望ましい。
訪問活動は、できれば5~6人、最低でも2人以上で出向く必要がある。1人では、接触できる入院者の数、事実関係や状況評価の客観性の担保、アドボケイト自身の心理的負担や孤立、病院側と話し合う場合の対応といった面で無理がある。
同じ病院に同じアドボケイトばかりが出向くと、他の病院ではどうかという横の比較ができず、その病院の状況に慣れすぎる可能性があるので、訪問はメンバーを適宜、交代して行う。
病院側の了解を得られれば、投書箱の点検、院内の人権関係委員会への出席も行うとよい。
アドボケイトには、それぞれの活動状況に応じて、相応の賃金または報酬と、交通費などの実費を支給する。活動には、記録の作成、ケース検討、連絡調整などの時間も必要である。実施事業所は、雇用の形を取る場合の労災保険のほか、事故に備えた傷害保険と賠償責任保険に加入する。
個別支援活動・病院訪問型活動の計画と調整、活動のサポート、情報の集約、研修の実施のため、「精神科権利擁護センター」を原則として都道府県ごとに設ける。アドボケイトがばらばらに活動するだけで、横の情報連絡がないと、自分がかかわった問題の位置づけや意味合いがわからず、どう対処したらよいのか悩んでしまう。組織的なサポートと検討が欠かせない。活動を十分に理解した事務局スタッフが必要である。
入院者が利用を希望する場合、どの相談支援事業所を選ぶかという問題もある。本人の希望が特になければ権利擁護センターで受け付ける形にし、その電話番号を病棟内に掲示するのがよい。
権利擁護センターは、活動の独立性と柔軟性を確保するため、行政や精神保健福祉センターとは切り離して設ける必要がある。精神科の権利擁護に取り組む市民団体が存在する都道府県では、その団体が権利擁護センターを担う形でもよい。そうでない地域では、地域事情に応じて、たとえば弁護士会、精神保健福祉士協会、当事者団体などが協議して設立することが望ましい。
原則として都道府県ごとに、精神科医療に関係する団体・機関は定期的に協議の場を持ち、精神科病院の人権状況やアドボケイトの活動について情報・意見を交換する。権利擁護センターが中心となり、精神障害の当事者団体、精神科病院協会、弁護士会、精神保健福祉士協会、相談支援事業者の団体、家族会連合会、精神科診療所協会、精神保健福祉センター、精神医療審査会、自治体の担当部署、精神科看護関係団体、障害者の権利擁護にかかわる市民団体、研究者などが参加する。必要に応じて都道府県内のブロック単位でも協議の場を持つことができれば、より望ましい。将来的には全国レベルでも、そうした協議の場を設けることが期待される。
権利擁護は今回、障害者総合支援法による地域生活支援事業として行う予定とされている。その際、市町村の任意事業として個々の相談支援事業者に委託する形を取るのは、適切と思えない。市町村にも相談支援事業者にも、現状では精神科の権利擁護のノウハウがないうえ、精神科病院が地理的に偏在していることも多く、関心度の格差、実施状況の格差が大きくなるのは必至である。
また、相談支援事業所は、入院の依頼などで病院に世話になっていることがしばしばあり、病院に対して物が言いにくい場合がある。精神科病院と同じ医療法人や系列の社会福祉法人が経営している相談支援事業所もけっこう存在しており、それらは少なくとも当該病院の入院者の権利擁護を行うのに不適当である。
以上のことから、適切かつ効果的に事業を進めるには、市町村域を超えた横の連絡、広域的な精神科病院の状況把握が欠かせないことから、都道府県の必須事業とするべきである。先に述べた権利擁護センターの設立と、その活動の業務委託も、都道府県事業のほうが、スムーズにできる。
研修について、都道府県の担当者が事業の趣旨を理解することは必要だが、実際に事業を担う相談支援事業者への研修、アドボケイトの養成研修には、実務的なノウハウが欠かせず、行政の職員が行うのは無理である。それらの研修は、精神科の権利擁護について専門的な知識と経験を持つ団体(またはその共同事業体)に委託して、地方ブロックまたは都道府県ごとに開催するのが適切と考えられる。
障害者総合支援法に基づく精神科の権利擁護事業は、入院者の権利を守るうえで極めて重要な役割を果たすことが期待されるが、権利擁護は、これだけで十分なものになるわけではない。
障害者権利条約を踏まえつつ、虐待防止法制の医療機関への適用、精神科入院制度の抜本的な見直し、法律による権利救済制度の見直し、法律家による権利擁護システムの整備、入院中の処遇基準の見直しなどを進めていくことが求められる。