有我 譲慶(ありが・じょうけい)
認定 NPO 法人大阪精神医療人権センター理事・看護師
精神科入院者がさらされている危機
新型コロナウイルス感染流行の中、精神科入院者はかつてない危機にさらされている。 1つ目は、精神病院では大規模クラスターが多発し、国内の感染率の4倍ものリスクにさらされている危機。2つ目はコロナ対策の名のもとに面会も外出も極端に制限され、人権状況が危機にある。
閉じ込められながら国内感染率の4倍
私は「精神科病院・コロナ」などの複数のキーワードによるGoogleアラート検索と病院のWEBサイト、自治体のコロナサイトなどをチェックして、精神病院における新型コロナ感染状況を集計してきた。 その結果、把握できた分だけで、2021年2月16日時点で、73病院の入院患者を含む院内感染があり21病院では終息していない。陽性患者数2,842人、死亡患者数47人、陽性職員ら802人で合計3,644人だった。報道されない院内感染も多く、病院のサイトのチェックで偶然見つかる事も多い。したがって、すべては把握しきれないが、少なくとも入院患者の感染は国内感染率の4倍、死亡率4倍と驚くべき状況だったのだ。100~200のクラスターとなっている病院ほど、死亡などの転帰や指定医療機関への転院者数を明らかにしない傾向があり、実態の把握は困難だ。職員のみの感染は73病院よりはるかに多く、集計では省いた。 感染率、死亡率は、東洋経済オンラインの「新型コロナウイルス国内感染の状況」の最新集計から。日本の人口は125,930,000人とし、精神科病院の入院者数は、厚生労働省の「病院報告2018年1日平均在院患者数」より214,956人として計算した。(報道でつかめない総合病院・大学病院の精神病床入院者は含んでいない)
大規模クラスターが多発
患者と職員を合わせた院内感染規模で5人以上が「クラスター」と呼ばれる。1~4人:13病院、5~19人:13病院、20~39人:13病院、40~59人:10病院、60~99人:14病院、100~199人:7病院、200人以上:3病院。私が把握した73病院のうち88%がクラスターであり、40人以上のクラスターは47%にもなる。しかも、100人超が10、そのうち3病院は200人超と爆発的である。しかしほとんどテレビで報道されることはない。 患者のみの感染をみていこう。精神科病棟は50~60人規模なので、患者の感染が30人以上のところは病棟の大半が感染しているのが34病院、50人を超えると一病棟がほとんど感染で19病院、そのうち100人超は8病院で190人超は2病院もある。2つの病院は全病床の約7割が感染している 精神病院は「病院」の名前ではあるが、医療法のいわゆる「精神科特例」によって、医師は一般科の1/3、看護師は3/4、薬剤師は70/150でよいとされている。しかも、1年以上の長期入院者が約6割、5年以上の超長期入院者は3割以上という、急性期以外は長期療養者の生活環境である。
障害者施設、高齢者施設など自由を制限されている人たちの集団収容施設は、新型コロナ感染に極めてもろい。しかも、医療機関としての人員が少なく、防護具、感染症対策のトレーニングが十分ではない。
適切な医療の保障を!
日精協の新型コロナ調査結果が毎日新聞(2/26朝刊、3/3朝刊で続報)で報じられた。【コロナでも精神科から「転院できず」6割 「命の選択」に危機感】精神病院は感染症対応力が弱く、新型コロナ感染で極めてクラスター化しやすい。日精協のアンケートでは回答があった「30病院以上でクラスター」とのことだが、私の把握したのはその倍だった。転院が困難というのもその通りで大きな問題だ。私が病院報や報道でつかんだ転院者数は陽性者の1割の291人、日精協調査では381人、37%とのことだ。日精協は死者数には触れていない。47人どころではないのかもしれない。
精神科のクラスターの多くは、急性期の病棟は少なく、長期入院者の多い精神一般病棟、さらに有資格看護師の比率が低い精神療養病棟や認知症治療病棟が多いようだ。 元々医療法の「精神科特例」でそれらの病棟は有資格看護者が少なく、感染症訓練も十分でなく、防護具や酸素の配管なども足りない。職員のみの感染は患者感染事例以上にある。多くのクラスターはスタッフの感染から始まっている。適切な医療が提供されず、転院できぬまま新型コロナ感染が始まれば、乾季の山火事のごとく、一気に燃え上がる。 元々医療機関としては少なすぎるスタッフも、感染し濃厚接触者として勤務できず、人手はひっ迫する。患者はコロナ感染の症状と不安におびえ、防護具に身を固めて緊迫したスタッフの様子に身を潜めているのかもしれない。おそらく野戦病院のような状況ではないのか。
ワクチン以前に国と自治体などからの強力な支援が必要だ。医療人員の応援と感染症対策の支援、防護具類の提供、そして速やかな転院体制の整備が必要だ。それが保障されないために、10月末で2倍だったのが第3波で国内感染率の4倍もの感染率と悪化した。 クラスターが拡大する前に、都立松沢病院や神奈川モデルのように、各地の公的精神科病院などで積極的に転院を受け入れる体制をつくるべきだ。また、厚労省が推奨するスタッフの定期的検査は有効だろう。
人権状況も危機的
昨年3月、神戸市の郊外にある神出(かんで)病院で長期にわたる意図的で悪質な入院患者への集団虐待が発覚して、6人の看護師らに実刑判決が確定した。おそれていたのだが、今年1月に病院で入院者59人を含む73人の新型コロナのクラスターが発生した。同病院では、過去にはインフルエンザに感染した患者4人を一部屋に閉じ込める違法な複数隔離が行われており、昨年、神戸市より改善命令が出ている。適切な医療の保障も心配されている。 三密状態で収容される精神病院はコロナ感染にとてももろい。閉じ込められながら国内感染率の4倍、死亡率4倍にさらされるのは極めて不条理だ。その上、感染対策で外出も面会も制限され、退院促進にも支障が出るなど、人権状況も危機的になっている。大阪精神医療人権センターでは、訪問や面会活動が困難な状況だが、リモート面会の実践と普及に向けて取り組んでいる。コロナ禍によりそのリモート面会さえ中止する病院も出ている。通信・面会は保障されないといけない。
精神病院を廃止したイタリアでは
日本と対極にあるイタリアは、新型コロナ感染で高齢者施設はとても大きな被害を受けた。精神保健利用者はステイホームの期間に、重い精神的負担にさらされる人も多かったが、直接会うことが難しくても電話・リモートを活用して、人のつながりを大切にしてきたという。精神保健ユーザーは病院ではなく地域で生活しているので被害は少なかった。これは精神病院を廃止した大きな成果だと、ボローニャ精神保健局のフィオリッティ局長やトリエステの当事者グループ Articolo Trentadue が発信している。
精神病院中心から地域精神保健への転換を
人口辺り精神病床数はOECD平均の4倍と言う収容率だ。約半数が強制入院で、人口辺りの強制入院率は欧州平均の10数倍、平均在院日数はOECD平均の約10倍、閉鎖病棟が7割。こんな国は日本の他にない。 はからずもパンデミックが日本の精神医療の転換すべき根本的な課題を浮き彫りにした。 治安と医療経済優先の精神病院収容主義から抜け出して、病床を削減し、退院促進とともに医療人員も地域医療に出て行くべきだろう。そして尊厳を軸とした地域精神保健に転換すべきではないか。