私は精神科医療の現場で働く看護師です。大阪精神医療人権センターでは、発足当時から電話相談などを担当しています。
■精神科では自分の権利を守る手段が奪われていないか?
最初に、精神科病棟への入院と権利について考えてみましょう。下に示しているのはCAPという、子どもが自分の権利を守るCAPプログラムの図です。
すべての人は<安心して、自信を持って、自由に生きる権利>を持っていると言われます。子どもがこの権利が脅かされた時にできる方法を3つ上げています。
<NOと言う、GO逃げる、TEL相談する>これが自分の権利を守る手段であると教えています。
ところがこの基本的な権利を守る手段が、精神科の中で、医療保護入院などでの強制医療、閉鎖病棟、隔離・身体拘束、そして自由な通信が制限されている精神科病院では奪われてはいないでしょうか?
■医療保護入院の増加は精神医療政策が作った
厚生労働省が公開している精神保健福祉資料630調査などの、精神科への入院データを見ていきます。このデータを見るたびに、私はため息をついてしまいます。 医療保護入院が減り始めて、任意入院が増え、開放病棟が増える時期がありましたが、2000年から反転し、現在は46%近くに増加しました。 要因は精神科救急と認知症の精神科病院の入院の問題だろうと言われていましたが、私は、権利擁護制度を置き去りにした、精神科救急を中心とした精神医療政策が主な要因だと考えています。
■精神科における人権状況は深刻化している
医療保護入院と措置入院の届け出件数は16年間で倍増し、それにともない10年間に隔離件数が33%増加、身体拘束は倍増しました。 日本の精神科の強制入院率は欧州の3~4倍。人口あたりで約15倍の強制入院があるという異常な事態です。これらがなぜ、同じように一直線に伸びてしまうのか、これを考えていきます。 措置入院と医療保護入院の一年間の届出件数がなぜ倍増したのでしょう。今世紀に入って急に日本の精神疾患のある人たちが倍になり、重症化したとは考えられません。これと同時に伸びている、精神科救急病棟(スーパー救急とも呼ばれる)が一直線に増えた流れと相関しているのではないでしょうか。 この精神科救急病棟というのは、短期間に集中した治療によって早期に退院してもらう病棟ですが、その分、強制入院が基本となり、隔離・身体拘束が多く行われています。 しかし、病院の方は診療報酬が約3倍なので、病院が経営危機にならないために精神科救急への対応を選ぶ流れができています。 2000年以降、鍵のかかる個室が増え、 保護室の数と合わせると14年間に約3万に倍増しました。隔離・身体拘束がしやすくなる環境が作られたとも言えます。精神科救急病棟の診療報酬の要件「隔離室を含む個室が半数以上」がこれを促進しました。WHOの精神保健ケアに関する法基本10原則「隔離室の段階的廃止と新規設置の禁止」にも逆行しています。 身体拘束件数が2004~2014年の間に2倍に、隔離は33%増加しました。 一直線の増加で隔離・身体拘束とも、一日に1万件超です。入院者の病状が全国的に悪化したとは考えられません。 一方で、WHOでは「身体拘束の上限は4時間」という基準があり、イギリスでは、「器具による身体拘束は禁止」というガイドラインがあり、イタリアでは精神科救急医療機関の2割では身体拘束していないという実践があります。 日本の精神科は世界の行動制限最小化の潮流に逆行していると言わざるをえません。また「原則開放処遇」の任意入院でも、閉鎖病棟処遇が増えて6割以上になっています。 医療保護入院の要件は曖昧です。①指定医による診察の結果、②精神障害者であり、③医療及び保護の必要があれば、家族等の同意で強制入院ができます。ところが医療保護入院に類した制度は、欧米などの国にはないと聞いています。 精神医療審査会による書類審査でも、不適当と認められることは、ほぼ0%です。強制入院が必要かどうかについて、精神医療審査会はチェック機能を果たしていません。 2014年では、医療保護入院の届出・定期報告267,000件のうち、入院形態変更になったのは、わずか18件です。そして入院継続不要になったのは5件です。人身の自由を奪うという、重大な人権の制限である医療保護入院の決定権限は、精神保健指定医に委ねられているのですが、ちゃんとチェックする機能がありません。精神医療審査会の委員が日本で一番多い大阪でも40名で、年間の18,000件の強制入院について、しっかりとチェックできるわけがありません。