厚生労働省、内閣府、法務省、東京都、関係自治体 各位
衆議院、参議院、国会議員、政党、関係地方議会 各位
精神保健医療福祉関係団体、法律家団体、人権関係団体 各位
2023年5月25日
意見書
精神科病院の虐待・人権侵害を断ち切るために
(代表理事 位田 浩・大槻和夫)
〒530-0047 大阪市北区西天満5-9-5 谷山ビル9F
TEL:06-6313-2003 FAX:06-6313-0058
Eメール:advocacy@pearl.ocn.ne.jp
2023.05.25 UP
厚生労働省、内閣府、法務省、東京都、関係自治体 各位
衆議院、参議院、国会議員、政党、関係地方議会 各位
精神保健医療福祉関係団体、法律家団体、人権関係団体 各位
2023年5月25日
意見書
精神科病院の虐待・人権侵害を断ち切るために
当センターは、安心して利用できる精神科医療を実現するために、電話相談、入院者との面会、病院訪問をはじめとする権利擁護活動に取り組んでいるNPO法人です。
2023年2月、滝山病院(東京)で看護職員による暴力事件が発覚し、不適切な医療の実態が報道されました。2020年3月に明るみに出た神出病院(兵庫)の看護職員たちによる虐待事件に続き、人間の尊厳と権利を踏みにじる虐待行為、営利優先の病院経営、それらを見過ごしてきた行政の甘さに、怒りを覚えます。
病院の実態調査と入院者の救済策を早急に講じるとともに、実効性のある再発防止策が欠かせません。信頼できる精神科医療にしていくために、以下のことを提案します。
入院者への暴力・虐待・権利侵害を把握し、医療・看護・福祉が適切かどうかを検討するため、詳細な実態調査が欠かせません。
これらの調査は、行政だけでは無理です。専門職団体、法律家団体、大学の研究者などの協力を得て進めてください。病院が第三者委員会を設けても、適切な調査や評価が行われるかどうか懸念されます。
行政による指導監督は、精神保健福祉法、医療法に基づく法定受託事務です。所管する自治体だけでなく、本来の責任機関である厚生労働省が直接の調査、指導監督を行うことも可能です。また、東京都をはじめとする行政のこれまでの対応も、検証する必要があります。厚労省が責任をもって、調査を含む対処方針を主導し、第三者委員会を設けて調査と検証を行うべきです。
滝山病院の現在の入院者について、本人や家族が希望する場合、または虐待や不適切な医療・ケアがあった場合は、退院または転院を、行政の責任で進めてください。
人工透析など身体合併症に対応できる転院先または在宅療養先の確保も、行政が責任を持って進めてください。
神出病院でも、希望者の退院・転院を早急に進めてください。
また、救済に役立てるため、法律家による相談の機会を確保してください。
神出病院には神戸市が改善命令を出し、滝山病院には東京都が4月25日、精神保健福祉法に基づく改善命令を出しました。しかし、暴力・虐待以外の不適切な行為の調査が不十分だと思われます。両病院について、厚労省が主導して、次のことを実施してください。
精神保健指定医としての業務の実態を精査する。不適切な行為があれば、指定医の資格を取り消
2022(R4)年12月の精神保健福祉法改正で新設され、2024(R6)年度から本格実施される「入院者訪問支援事業」は、市町村長同意の医療保護入院者を中心に、とされています。しかし、対象者を狭く限定せず、入院者から訪問支援員派遣の希望があれば、広く事業の対象にしてください。
神出病院や滝山病院の状況を考えれば、声を出せない人、外部へ連絡できない人の権利と尊厳も、しっかり守る必要があります。個別の依頼がなくても、外部の支援者が定期的に病棟内へ出向く仕組みが必要であり、最も効果的です。そうした「病院訪問活動」を、入院者訪問支援事業に追加する形で、早急に導入してください。
2022(R4)年12月の精神保健福祉法改正で、精神科病院の虐待防止義務、従事者が虐待を発見したときの通報義務が定められました。
虐待通報の受理と調査は、精神保健福祉法の担当部署だけで行うのではなく、障害者虐待一般を担当する福祉の部署と情報を共有し、調査も共同で行うべきです。
また、虐待の情報は、行政内部だけでなく、自立支援協議会などの第三者機関や第三者委員会に報告し、重要な事案への対処方針は、その判断にゆだねるべきです。
入院者とその家族には、虐待を受けたときに被害の申し立てができること、入院者訪問支援事業による面会を依頼できることを周知してください。病院側がもともと行う義務のある法律上の入院形態・入院理由の告知、行動制限の理由の告知、退院請求・処遇改善請求を行う権利の告知、それらの連絡先の周知を徹底すべきです。
これらを確実にするには、外部から周知することが必要です。入院者訪問支援事業の一環として病棟内へ出向くか、精神保健福祉士協会などに委託して実施してください。
虐待を発見したときの通報義務、それ以外の違法行為を知ったときの公益通報者保護法による通報の権利、労働基準関係法令の違反に関する申告の権利、いずれも通報や申告によって不利益を受けないこと、それらの通報や申告を行う具体的な連絡先について、病院で働くすべての職員に周知してください。
周知を確実にするため、入院者訪問支援事業を担う権利擁護センターや専門職団体が、外部から周知に出向くようにしてください。
滝山病院では、生活保護の患者が半数を超えています。首都圏を中心に、広範囲の福祉事務所が、入院先に困る患者を受け入れる病院として重宝してきました。
安易に入院させていなかったか、入院の要否や医療内容をきちんと把握していたのか、さしあたり首都圏で実態調査を行い、教訓を明らかにしてください。
生活保護で精神科病院に入院している患者の状況については、全国レベルでも状況を調査し、見直しを図ってください。
また、市区町村長同意の医療保護入院も、その手続き、判断が適切だったのか、必要な支援が行われているのか、調べてください。
日本の精神科医療は、以前から数多くの課題が指摘されてきました。しかし、入院中心から地域生活中心への移行はなかなか進まず、入院者の人権状況にも問題がたくさんあります。障害者権利委員会の勧告も踏まえ、抜本的な改革に取り組んでください。
特に以下のことが重要です。
精神科病院での暴力や虐待は、今回だけの例外的な事件ではありません。
暴力事件は、2010年以降に報道されただけでも、新潟県立精神医療センター、さわ病院(大阪)、西毛病院(群馬)、光ヶ丘保養園(宮城)、都立松沢病院(東京)、肥前精神医療センター(佐賀)、石郷岡病院(千葉)、加茂病院(兵庫)、山容病院(山形)、大阪府立精神医療センター、兵庫県立こころの医療センター、京都府立洛南病院などで発覚しました。2023年に入って、ふれあい沼津ホスピタル(静岡)、ふれあい南伊豆ホスピタル(静岡)でも明るみに出ました。
入院者の金銭の着服も、2010年以降に報道されただけで、桜ケ丘病院(石川)、栃木県立岡本台病院、成田病院(千葉)、虹と海のホスピタル(佐賀)、秋津鴻池病院(奈良)、亀田北病院(北海道)、松尾病院(福岡)、藍野花園病院(大阪)などで発覚しました。
滝山病院と神出病院は、経営者の姿勢と病院全体の体質に大きな問題があります。
精神科病院では、重大な不祥事件が過去、何度も発覚しました。報徳会宇都宮病院(栃木)、越川記念病院(神奈川)、栗田病院(長野)、山本病院(高知)、大和川病院(大阪)、箕面ヶ丘病院(大阪)などの事件では、営利優先、人権軽視の病院経営のあり方が指摘されました。
そういう経営体質の病院がいまだに残っていることが今回、明らかになったわけです。しかも滝山病院の院長は、2000年に虐待行為や不適切な医療、診療報酬不正が発覚した朝倉病院(埼玉)の経営者でした。
こうした病院には、性善説に立つのではなく、強い対処が求められます。中途半端にとどまると、精神科医療全体への信頼が損なわれます。
過去に何度も出された「精神科病院に対する指導監督の徹底について」といった通知を出すだけでは、また、類似の事件は繰り返されるでしょう。
良い医療を提供しようと努力している精神科病院もあり、良心的なスタッフもいます。それでも職員による虐待や不正は、後を絶ちません。
その背景として、施設の閉鎖性が高い、強制入院・隔離・拘束をはじめとする強制が可能である、スタッフと患者の力関係の差が大きい――などがあります。
また、入院者側に多く見られる状況として、被害を訴える力が弱い、入院者を支援する人が足りない、その病院以外の行き場が乏しい――などに着目する必要があります。
これらの点を改善しなければ、虐待や不祥事はいつまでも繰り返して起き、精神科医療に対する信頼も低下していきます。
神出病院事件の被害者は、認知症の高齢者でした。加害職員が別事件で警察に捕まり、虐待場面をスマホで撮影した動画が発見されるまで、発覚しませんでした。
滝山病院の入院患者は、人工透析などの身体合併症のある人が多く、生活保護率は5割を超えています。死亡退院率の異様な高さは以前から指摘されていましたが、リアルな実態は、弁護士の活動とNHKの取材によって、ようやく表に出ました。
どちらも行政は、年1回の実地指導を行いながら、問題を指摘していませんでした。実地指導は事前予告で、抜き打ち調査はやっていませんでした。
これまでの医療行政のやり方は、実質的に機能していないのです。
医療行政の担当部署や保健所は、ふだんから病院に対して、入院の受け入れなどの頼みごとをしています。労力のかかる調査を嫌がったり、過去の指導監督の甘さを問われるのを恐れたりする傾向も強いので、対応が甘くなりがちです。摘発を目的とする部署でないため、ことなかれ主義が組織内で幅をきかせています。抜き打ち調査や行政の権限発動について、それを決定する責任を負いたがらない傾向もあります。
そういった実態を考慮せずに、しっかり指導監督せよと求めるだけでは、実効性を期待できません。
生活保護の人については、入院させておけば、ケースワーカーにとって、訪問や保護費の計算などの手間がかからないため、福祉事務所が安易に入院させ、それを継続していることがあります。そういう福祉事務所の姿勢も、虐待の背景のひとつです。
生活保護費全体の半分は、医療扶助費です。その中でも、精神科の入院医療費は大きな部分を占めています。人権上も財政上も、大きな課題です。
市町村長同意の医療保護入院についても、実態はどうなのかが、問われています。滝山病院の元患者は、虚偽の文書を作成して不当に監禁したとして、所沢市の職員を埼玉県警に刑事告訴しました。
2022(R4)年12月の精神保健福祉法改正で新設された「入院者訪問支援事業」は、本人や家族から依頼のあった入院者のもとへ、外部の支援者が面会に出向く事業です。障害者総合支援法に基づく地域生活支援事業として2024(R6)年度から本格実施されます。実際の訪問活動は、民間団体への委託が想定されています。
この事業は、大阪精神医療人権センターをはじめ、各地の支援団体が自主的に取り組んできた「個別支援型アドボケイト活動」を制度化したものです。
事業の主目的は、入院者の味方の立場で話を聞き、情報提供することによって、本人が希望や力を取り戻せるようにすることです。同時に、閉鎖的な精神科病棟の中に外部の目が入ることで、虐待や不適切な医療を予防する効果も期待されます。
事業の対象について「市長村長同意の医療保護入院者を中心に」とされているのは、そういう入院者は孤立しがちで、家族などとの交流が少ないことが理由です。
しかし、孤立していて面会が少ないのは、市町村長同意の人だけではありません。措置入院、医療保護入院、そして任意入院でも、身寄りのない人、家族との関係が乏しい人は多数います。世帯分離を含めた生活保護の利用者も、そういう状態になりがちです。
精神科病院の入院者には、自分から声を出せない人、外部へ連絡できない人がたくさんいます。認知症や知的障害の人、昏迷状態の人、身体状態の厳しい人、心理的に弱っている人もいます。保護室などへの隔離や身体拘束を受けている場合もあります。そういう人たちこそ、虐待や権利侵害を受けやすいのです。
すべての入院者の人権を守るには、外部の支援者が、定期的に病棟内まで出向く「病院訪問型のアドボケイト活動」を、国の制度として導入する必要があります。
大阪では、大和川病院、箕面ヶ丘病院で起きた深刻な人権侵害の教訓を踏まえ、外部からの病院訪問活動を、大阪府が中心になって2003年度から「精神医療オンブズマン」の名称で導入しました。これは公的な仕組みです。
現在は「療養環境サポーター」の名称で、大阪精神医療人権センターのスタッフとボランティアが、府内の全病院の閉鎖病棟や保護室まで訪れています(ただし訪問の頻度は十分ではない)。訪問活動の報告は、大阪府、大阪市、堺市の行政機関や精神保健福祉の関係団体、大阪弁護士会などが参加する「大阪府精神科医療機関療養環境検討協議会」の場で共有され、その他の課題とあわせて、2カ月に1回、検討されています。
この活動は、病院を敵視したり告発したりするものではありません。大阪精神科病院協会も検討協議会に参加し、精神科医療の改善・向上に役立つ制度として協力しています。
障害者虐待防止法や高齢者虐待防止法では、医療機関、教育機関、官公署などが虐待防止義務、虐待を発見した従事者の通報義務の対象に入っていません。
2022年12月の精神保健福祉法改正で、精神科病院について虐待防止義務、通報義務が定められたことは、一応は前進といえるでしょう。
しかしながら、通報を受けて調査するのが、精神保健福祉法による指導監督を担当する医療行政の部署では、実効性に大きな疑問があります。
虐待については、事実関係の調査や再発防止策についてノウハウと経験を持つ福祉の部署がかかわる必要があります。対処方針についても、第三者機関や第三者委員会の判断を求め、実質的な決定責任をそちらにゆだねたほうがよいと考えます。
精神保健福祉法は、法律上の入院形態・入院の理由、行動制限をした時の理由、退院請求・処遇改善請求の権利を入院者に告知することを、精神科病院に義務付けています。
しかし、退院請求・処遇改善請求の件数は、強制入院の患者数に比べても非常に少ないのが現状です。
2021(R3)年度の厚労省統計「衛生行政報告例」で見ると、新規の措置入院は年間7,408人、新規の医療保護入院は185,145人にのぼります。それ以前からの在院患者も強制入院を含めて多数いるのに対し、退院請求は8,268件、処遇改善請求は1,604件にすぎません(同年度の審査結果で見た請求の認容率は退院請求5.1%、処遇改善請求6.2%)。告知がどれだけ確実に行われているのか、権利行使が病院内でどれだけ実質的に保障されているのか、定かではありません。
今回の法改正後は、退院請求・処遇改善請求の権利に加え、虐待被害の申し立てができること、入院者訪問支援事業による面会を依頼できることも、入院者に知らせる必要があります。
これらについて、行政から通知文書を出して、病院に対し入院者に告知することを求めるとしても、それだけでは、実際に十分な周知が行われる保証がありません。
実効性を持たせるには、外部からの権利の周知が必要です。
入院者訪問支援事業の実務を担う「権利擁護センター」が軸になり、病棟内へ出向いて行うのが望ましいと思われます。権利擁護センターがまだないときや、体制的に難しいときは、地域の精神保健福祉士協会などに事業委託するのがよいでしょう。
どんな病院でも、良心的な職員、現場の状況に悩んでいる職員は、必ずいます。小さな虐待の芽の情報が外部に届きやすくすれば、重大な事態に発展する前に、対処できることにつながります。
虐待の通報義務、違法行為に関する公益通報者保護法による通報の権利、それらの通報で不利益を受けないことを、職員に周知することが重要です。あわせて、労働基準関係法令違反について労働者が申告する権利も伝えるべきです。人権に関して問題のある病院では、しばしば労働関係法令の違反もあるからです。
これらについても、単に病院に要請するだけでは、職員に周知される保証がありません。
権利擁護センターや、看護協会、精神保健福祉士協会などの専門職団体に委託するなどして、外部から周知に出向くようにするべきです。医療職や福祉職だけでなく、事務、清掃、給食などの職員にも伝える必要があります。
以上
社会から排除されている人を精神科病院に強制入院させ、人権無視と根拠のない医療によって診療報酬を不正に受け取る。このビジネスモデルは新しいものではなく1993年の大和川病院事件は、とても似た構造をもっており、大和川病院の廃院で終結しました。>>>関連記事