配布資料
大阪精神医療人権センター・権利擁護システム研究会
「精神科病院における治療文化を変えていくために」 胡桃澤伸(くるみざわしん)
キーワード:強制・管理・抑圧を変えていく、精神医療を変えるための実践、治療文化
前半 20 分 劇作の手口
◆自己紹介
1995 年春から神戸で精神科医として勤務。尼崎、東大阪、堺などで勤務。
2003 年から劇作を学び、劇作家として作品を発表。「精神病院つばき荘」「私 精神科医編」「あなた 精神科医編」「ひなの砦」「遊んで、お父さん」「おはなし、お父さん」など。
◆この講座の目的「道具(武器)を手渡すこと」
強制・管理・抑圧を変え、精神医療を変える実践として文化を使いたい。
◆基本の考え
精神医療の土台にあるのは「病む人へ尊敬、生きることの苦しみに耐えている人への尊敬」。
「尊敬」の反対は「軽蔑・差別」。この「軽蔑・差別」をはね返すのが「人権」。精神医療が精神医療であるためには「人権」は欠かせない。なのに―
文化とは人間の営みから生まれるもの。人間らしさに満ちている。文化を産み、はぐくむことは人権の核。そこの文化が生まれているか、育まれているかで人権があるかないかがわかる。
◆道具①異質なものを置いてみる【手ごわい相手には硬いボールをぶつける】
例:「to be or not to be,that is question」を診察室に置いてみる。
1600 年ごろに活躍した、イギリスの劇作家シェイクスピアの作品「ハムレット」のセリフ。
おそらく世界で最も有名なセリフ。
日本語訳は「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」
ここでは「いるのか、いないのか、それが問題だ」
この言葉を診察室に置いてみる。そして、考えてみる
もし患者が「(ここに自分が)いるのか、いないのか、それが問題だ」と言ったら。
「(ここに医師が)いるのか、いないのか、それが問題だ」と言ったら。
もし医師が「(ここに自分が)いるのか、いないのか、それが問題だ」と言ったら。
「(ここに患者が)いるのか、いないのか、それが問題だ」と言ったら。
などなど。
精神医療の現状、本質が見えてくるのではないか?
◆道具②小さな言葉で大きな荷物を【蟻の一穴が壁を崩す】
例:「この病院は注射の上手な看護師さんからやめてゆきますね」
「精神病院つばき荘」の一番最初のセリフ。私が診察室で患者さんから聞いた言葉。
こころに残り、繰り返し思い出して、味わった。その結果、作品が生まれた。
短い言葉が精神医療の現状を言い当てている。
例:「精神科医に拳銃を持たせてほしい」精神病院協会の巻頭言に載った言葉
◆道具③別の方向から眺める【裏側から入り口を探す】
例:医者と患者が入れ替わる(「精神病院つばき荘」など)
例:精神病院協会のホームページを読む。新自由主義(金儲け第一主義)の本を読む。
◆道具④よそから栄養を吸収する【連帯】
例:先住民・原住民文化継承の動き。被差別部落、在日外国人の文学、思想。香港・台湾・
韓国の民主化運動の技術。グローバリズム・新自由主義・植民地主義への対抗文化の実践・
研究。
後半 20 分 精神医療の現状と今に至る経緯
◆医療者側の文化
劣化の一途。その大きなきっかけは 3 つ。もはや取り返しがつかない。
①DMS(アメリカ発の診断基準の導入):診断・治療が統計の材料になった。面接技術の衰
退・喪失(メモを取らない。患者の顔を見る。見立てを伝える。判断の根拠を説明する。守
秘義務を伝える等々が消えてなくなった)
②入院期間の 3 カ月制限:医療費が治療を決める。患者の治癒まで関わらない医療の出現
(無責任でかまわなくなった)
③新薬:処方が大雑把になった。観察が劣化。製薬会社が薬の効果を前もって宣伝し、それ
が教育となった。勉強会は製薬会社がやるものになった。
◆当事者(患者)側の文化
民間伝承。病院のなかで患者から患者に伝わる治療文化。作法伝授。
ピア、当事者研究など。
◆医療者側の文化を理解するための仮説:「原子力文化」との比較
電力会社が原発を売り込むために作った「文化」
例:「日本の原発は安全です」「原子力 明るい未来のエネルギー」「プルトニウムのプルト
君」「食べて応援」
精神病院協会や精神病院がホームページに掲げている文言をこの視点でかみ砕いてみる。
笑える。
裁判での精神病院側の弁論、裁判所の判決文の滑稽さが見えてくる。
◆私が吸収している医療者側の精神科治療文化
中井久夫さん、神田橋譲治さん、成田義弘さん、土居健郎さん。サリバン、バリント、ウィ
ニコット、ベネディッティ。夏目漱石。ゴッホ。
例:中井さんの言葉と覚えて、診察室で使う。「今は治療という大仕事をしています。怠け
ているわけではないです」
*夏目漱石
自分自身が抱えている精神の病を見つめ、作品にした。漱石の小説を読むと自分のことが書
かれているような気がする。読むと安らぐ。疲れていても読めるし、読むと疲れが取れる。
ゴッホも。
◆道具⑤先輩から学ぶ【勝手に味方にしてしまう】
優れたものは世の中にたくさんある。
発信の試み:ラグーナ出版(鹿児島。『書くことで精神医療を変える』)、統合失調症のひろ
ば(日本評論社)
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