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「精神病院はかわったか?」権利擁護に関する人権センターの役割と課題

2020.05.09 UP

第9章 権利擁護に関する人権センターの役割と課題

竹端 寛

 本章では、NPO大阪精神医療人権センター(以下人権センターと略)がこれまで関わって来た精神保健福祉領域における権利擁護に関する様々な課題の中から①情報公開、②制度・政策分析、③権利擁護の拠点的役割、④大阪での実践をどう全国に伝えていくのか、という4点について、他の自治体や国レベル、あるいは海外の取り組みとの比較の中から分析する。

1 情報公開促進と公開情報の分析

(1)精神科の情報公開―その歴史的変遷

人権センターがこれまで精力的に取り組んできた活動の一つに情報公開請求を巡る動きがある。大和川病院事件に際して、人権センターが大阪府や大阪市に対して医療監視結果や指導事項に関する公文書の情報公開を求めたが、大阪府・大阪市は1997(平成9)年6月26日には「今後の医療監視で病院側の協力が得られなくなる」「個人に関する情報が含まれている」等を理由に非公開の決定をした。
その後、大和川病院が廃院になった後、人権センターは大和川病院に関する情報公開の再請求をし、「病院勤務職員名簿」などが公開されたが、職員の年齢や常勤・非常勤の区分が消されたり、一部職員は年齢以外の全ての項目が消されたり、などかなり不自然なままの公開であった。
精神病院への行政監査の結果が非公開のままでは、行政監査が適正に行われているかどうか、を市民はチェックすることはできない。後を絶たない精神病院の不祥事と、それを見抜けなかった行政監査の甘さ、それに監査内容の非公開が加われば、精神病院への行政監査に関する市民の不信感はますます募るばかりだ。
だが、情報公開の流れは、大和川病院事件の後、確実に進んでいる。
2000(平成12)年11月29日には、島根県情報公開審査会は、県の改善指導を受けた精神病院の名前などを公表すべきだと県知事に答申した。県側は「病院の社会的信用が損なわれる」と病院名を一部非公開にしていたが、県内の権利擁護団体の求めで審査をした同審査会は「どの病院がどのような指摘を受けたかを明らかにすることが、入院患者の保護の観点から必要だ」と病院名や医師・職員名などを公表するように答申した。
また、2001(平成13)年3月1日に行われた衆議院予算委員会第5分科会において、民主党の山井和則議員が、患者の違法拘束や不必要な治療で問題になった朝倉病院問題に関連する質疑を坂口厚生労働大臣に対して行った。この中で、医療監視や病院実地指導などの情報公開を求める質疑を行ったが、これに対して坂口大臣は以下のように答弁している。
「監査の結果の公表につきましても、我々はやらないということを言っているわけではなくて、これはやらなきゃならない、そういう方向性に進めていかなきゃならないというふうに思っております」
この大臣の言う「方向性」が確実に芽生え始めていることが、その後の調査の中でも明らかになってきた。

(2)国内7地域調査からみえたこと

私はかつて精神医療における情報公開に関する厚生労働科学研究班の一員として、精神科医療に関して先進的な情報公開活動をしている7つの都府県の団体・個人を調査したことがある。
この7つの事例からは「開示請求中心型」「病院訪問活動中心型」「(開示請求も病院訪問活動も行う)総合活動型」の3分類に分かれ、次の4つの特徴が明らかになった。

ア) 開示請求活動は、個人であっても、ねばり強く資料収集や不服請求をする中で、かなりの情報公開にこぎ着けることが出来ること。大阪や東京の場合も、活動の核となる団体の専従職員がこの開示活動に大きく関わっている。
イ)アンケート活動や病院訪問活動については個人では限界があること。
ウ)病院訪問活動は、当事者のみでも可能だが、継続的に続ける団体では家族や看護・PSWなどの専門職、弁護士、その他市民も訪問活動の担い手になっている、ということ。
エ)開示された情報や病院訪問活動の成果を冊子にまとめているのは「総合活動型」であること。

 これらの調査結果から、情報公開の取り組みを進める上では、ねばり強く資料収集や開示請求、不服請求などを続ける個人が中心となって、当事者や家族、精神科医、看護やPSWなど専門職、弁護士、その他市民が連携して組織的な活動をすることが、アンケート調査や継続的な病院訪問活動、その後の病院情報に関する成果物の刊行にまで発展するための条件であることが明らかになった。
また各地の活動からは、特筆すべき成果として次の2点が挙げられる。

1)「精神保健福祉資料」……1999年、京都地方裁判所が京都府の当該資料の開示請求を全面的に認める判決。京都府は以後、「精神保健福祉資料」を全面開示。
2)「精神病院実地指導」関連資料……2000年、島根県情報公開審査会は「病院名や病院が特定される項目等を開示するべきである」とする答申を出す。島根県は以後、病院名と指摘事項が照合できる内容を開示している。

 各地の情報公開はこれまでも少しずつ進んで来たが、この報告書がきっかけとなって1)に関しては東京や大阪、奈良など既に開示されている都府県以外にも、その後新潟や埼玉でも開示された。また、2)に関しても、奈良や滋賀でも開示されることとなった。
この研究班では実際に情報公開が進む地域での、情報が開示される側である医療機関へのアンケート調査も行われた。一部に「関係者のプライバシー保護が重要」「一部の情報の突出に危惧」「開示範囲に医療機関の意見も入れて欲しい」「請求者情報が必要」といった懸念の声も聞かれた。だが当時、最も情報公開が進んでいる島根においても、当時の県の担当者は「医療機関側には今後は実地指導の結果が公開される旨伝えてあるが、『困る』との声は聞いていない」と明言していた。このことからは、医療機関における懸念の声は、実施していない情報の開示に対する不安感に過ぎず、医療機関のこれらの懸念への配慮が行政機関の情報の不開示の根拠にはなり得ない、ということが明らかになった。
この調査から明らかになった課題としては「情報公開の地域間格差」が挙げられる。その背景には、①各地の活動団体の連携不足、②情報やノウハウの共有不足、③公開情報の分析力不足、などが考えられる。そこで格差を縮めるために、各地の情報公開活動団体が全国的に連携し、常に他県の最新の活動内容を知り、先進事例のノウハウや知識についても共有を促進することが求められている、ということも、この調査から明らかになった。

(3)アメリカ・カリフォルニア州における 情報公開の実際

一方、この問題を考える際、アメリカ・カリフォルニア州の精神医療に関する情報公開法制定に向けた動きは大きな参考となる。
カリフォルニア州の公的権利保護・擁護機関であるProtection and Advocacy, Incorporated(以下PAIと略)は精神障害者に関するアドボカシー活動に力をいれている。特にこのPAIの調査部門には、看護師兼弁護士、ソーシャルワーカー(LCSW)兼弁護士、など複数の資格を持つ専門スタッフが常駐し、医師や専門家との連携もとりながら、障害者の様々な権利侵害に関する調査を行っている。
大和川病院においては弁護士による面会すら妨害される、という状況が続いていたが、アメリカでは精神病院や閉鎖施設での不自然な死亡に関して、カルテのチェックを含めた権利擁護機関による調査権限が認められている。カリフォルニア州のPAIでは、看護師兼弁護士のスタッフが、アドバイザーの医師と協力しながら、これらの病棟・施設内における患者の不審死事件を調査し、州立精神病院や障害者入所施設などにおける違法な隔離拘束の乱用や過剰な方法による使用、虐待、薬物の過剰投薬などによって、多くの死亡例があることを明らかにしてきた。
この調査を行ってきたPAIのスタッフによると、これらの調査を通じて、適切な情報公開のツールがないと、隔離拘束による虐待や傷害事件は明るみにでないことも問題点として見えてきた、という。そこで、PAIは調査したものを報告書にまとめておしまい、としなかった。調査部門と立法部門が協力して、これらの人権侵害の再発を阻止するため、閉鎖施設における隔離拘束に関する情報公開を義務づける法律の改定案を作成し、州議会での審議を経て、実現化にもちこんだのである。PAIの調査部門の弁護士スタッフが中心となって書いた法案は、次のような内容であった。
この法案には、施設における隔離拘束の使用を減らすための手段が含まれており、また最も危険な拘束技術を禁止している。またこの法案は隔離拘束をする施設に対して、即座の医療的リスクアセスメントや評価・報告聴取の実施、一つ一つの隔離拘束事例の記録化、そして隔離拘束の使用に関連した死亡事例または深刻な傷害事例の報告を求めている。また、この法案では行政監査とデータ収集、集められたデータの情報公開、そして隔離拘束に関する技術指導やトレーニングプログラム開発を定めている。
この法案は、議会に提出される際、情報公開の対象を州立の精神病院・障害者入所施設に限定するなどの修正が施されたが、2003(平成15)年10月に議会を通過し、施行された。この改定案が施行されたあと、カリフォルニア州精神保健福祉局のホームページ上で、州立精神病院における隔離・拘束の件数等の各種データが四半期ごとに公開されている。ここまでの情報公開を進めることによって、入院中の精神障害者に対する権利侵害の抑制を、法的にも保障している、といえよう。

2 制度・政策に関する分析と提言

(1)PAIの取り組みの背景

このPAIが、カリフォルニア州における精神科病院の情報公開に関するシステム構築へ関与した過程を見ていると、①調査権限と予算を持つ権利擁護機関が独自調査を行っている、②その調査結果に基づく政策立案に関与している、という二つの特徴をみることができる。
PAIを組織としてみると、40人以上の弁護士、訓練を受けた市民や元入院患者によるサービス利用者権利擁護官や入院患者権利擁護官、セルフアドボカシー支援者や事務スタッフなど計200人以上のスタッフを抱える一大組織である。2004年度では年間予算が1682万ドルであり、内1600万ドルは政府からの補助・委託である。また先に述べたように、このPAIの根拠法である「精神障害者権利保護・擁護法」(PAIMI)の中には、権利擁護機関が病院のカルテなどをチェックできる権限を持つ、とも記されている。このような予算と権限、スタッフ配置が整っているので、①でみた独自調査や、②のような政策立案への関与、ということまでが可能になっている。
先ほど述べた隔離拘束に関する情報公開を義務づける法律改正案以外でも、PAIは制度・政策レベルの分析や提言に、様々なレベルで関わっている。例えば、1999(平成11)年、連邦最高裁判所は、不必要な精神病院や施設への入所を「障害を持つアメリカ人法」(ADA)違反とした、オルムステッド判決が下された。この裁判を受けてカリフォルニアでは、2000(平成12)年、介助やリハビリが不十分であり、患者の放置や虐待など様々な事件が続発していたサンフランシスコ市立ラグーナホンダ病院に住む10人の原告が、PAIの弁護士の支援の元、地域で暮らす権利を求めた裁判を、州立裁判所に裁判を起こした。判決では、サンフランシスコ市は、この病院に住んでいる患者や将来住む可能性のある人々に対して、地域での支援やサービスを受ける選択を認めるアセスメントや退院支援計画の開発が命じられた。この判決を受けて同市はすぐに原告患者達に対して新たな移行計画を作成し、退院後も継続的な支援を行うこととなった。
また、オルムステッド裁判の最高裁判決では、オルムステッドプランと呼ばれる「包括的で効果的な地域へ移行する実行計画」を各州が作ることが求められた。カリフォルニア州では、2003(平成15)年に、カリフォルニア・オルムステッドプランを発表した。この州計画においては、アグニューズ知的障害者入所施設の閉鎖や、年収100万ドル以上の人に所得税をもう1%徴収し、その財源を精神障害者への地域ケアや住宅確保に使う精神保健サービス法(MHSA)の制定、知的障害者の地域支援センターにおける自律的サービスの実施、などが実際に展開されている。この計画を作る際には、「オルムステッドプランを求めるカリフォルニア人の連合体」(COCO)のアドボカシー活動の結果であるところが大きい。このCOCOは、99年のオルムステッド判決以後も何の動きも見せないカリフォルニア州政府に対して、PAIやいくつかの権利擁護団体が中心となって結成されたアドボカシー団体であり、彼らの3年間にわたる粘り強い活動によって、ようやく州の計画が作成されたのだ。
つまりここからは、差別禁止法であるADAやそれに基づくオルムステッド判決を権利擁護機関が最大限に活用し、一方で障害者の地域で暮らす権利を裁判で勝ち取る運動を展開し、他方では州が作る「包括的で効果的な地域へ移行する実行計画」作成への関与を続けていることがみてとれた。この両側面の実施によって、カリフォルニアでは権利擁護団体が、障害者の地域移行を進める上で大きな役割を果たしている、とまとめることができるだろう。
では、これらのことは日本では無理なのだろうか?

(2)人権センターの政策形成過程への関与

大和川病院事件以後、人権センターが国レベルや都道府県レベルでの政策形成過程に大きく関わることとなる。
まず都道府県レベルでは、1998(平成10)年3月より、大阪府精神保健福祉審議会に、人権センターより里見和夫弁護士が、当事者団体より大精連として山本深雪編集局長が、委員として関わるようになる。この審議会が、後の「入院中の精神障害者の権利宣言」「精神医療オンブズマン制度」につながることは、既に第8章で触れられている通りである。
また国レベルでも、「精神病床等に関する検討会」に山本深雪が委員として関わったことの意義は大きい。この検討会は、2002(平成14)年12月、社会保障審議会障害者部会精神障害分会報告書「今後の精神保健医療福祉施策について」の中で、「入院医療主体から地域における保健・医療・福祉を中心としたあり方へ転換する」という事が宣言されたことに端を発する。同12月には、厚労省内部に精神保健福祉対策本部が作られ、この対策本部が翌03年5月、「精神保健福祉の改革に向けた今後の対策の方向」という中間報告を発表し、この中で「普及啓発」「精神医療改革」「地域生活の支援」「『受入条件が整えば退院可能』な7万2千人の対策」の4つの柱を重点施策と掲げた。そして、同年秋から、有識者を集めて「普及啓発」「精神病床」「地域生活支援」に関する3つの検討会が開催されることになった。
この「精神病床等に関する検討会」では「『受入条件が整えば退院可能』な7万2千人の対策」が中心となって議論され、大阪の精神医療オンブズマン制度や退院促進事業についても議論がなされた。この議論に基づき、2006(平成18)年4月にスタートする障害者自立支援法の障害福祉計画においても、72000人を退院させるための数値目標が設定されており、全国各地で退院促進事業の取り組みが県レベルでスタートしようとしている。
さらには、この障害者自立支援法の形成過程においては、人権センターはその分析と対案作りなど批判的関与を続けてきた。2004(平成16)年10月に厚労省から「改革のグランドデザイン」が提出されて以後、厚労省は短期間で膨大な資料を「情報公開」し続けた。ただネット上で「公開」されたこれらの資料は、対象となる精神障害者やその家族にとって決して読みやすい、わかりやすいものではなかった。毎月のようにA4数百枚単位で資料を公開されても、プリントアウトするのに精一杯で、その要点を掴み、反論することはそう簡単に出来ない、という声も多く挙がっていた。そこで人権センターでは、これらの資料を読み解き、当事者にわかりやすい資料集の作成や、学習会開催の支援、講師の派遣、そして意見書作成などの政策分析・提言活動を続けてきた。その結果、障害程度区分や自立支援医療についての人権センターの分析・提言内容の一部が、その後厚労省の説明資料や施策に盛り込まれるなど、一定程度の成果を上げている、といえよう。
カリフォルニアの、PAIの予算・権限・スタッフ配置と比べると、人権センターはきわめて限られた人的・財政的基盤である。だが、その中でも、大和川病院事件の取り組みのような独自調査や、この独自調査の中から得られた様々な課題を政策提言へつなげるために関与し続けてきた。

(3)「権利救済」と「権利形成・獲得」側面

障害者の地域自立生活支援に詳しい北野誠一氏は、権利擁護を「権利に関わる法的・政治的な諸問題に関して、個人や仲間がエンパワメントする(支援を活かして、自分で選んだ、自分らしく生きる力を高める)ことを支援する一定の方法や手続きに基づく活動」と定義している。その上で、さまざまな人権侵害に対する権利擁護として、「権利救済」と「権利形成・獲得」を二種類を挙げている。前者は「その権利を規定する法が存在し、その法の現在の運用や解釈等を活用することによって、その権利を一定擁護することが可能である場合に行う」権利擁護であり、後者は「その権利を規定する法が未整備あるいは不十分で、現行法及びその現在の運用や解釈では権利を擁護することが困難な場合に行う」権利擁護である、と規定している。
これまで人権センターが取り組んで来た課題の中には、大和川病院をはじめ様々な病院に入院している(いた)患者やその家族、医療従事者から聞き取りをする中からはじまる、個別の「権利救済」を意図した活動と、大阪府精神保健福祉審議会や国の精神病床のあり方検討会への関与など「権利形成・獲得」を意図した活動の両方ともが挙げられる。また精神医療オンブズマン制度などは、「ぶらり訪問」という名の個別病院を訪れ、患者さんの訴えに耳を傾ける「権利救済」的な活動が、大阪府精神保健福祉審議会を通じて「権利形成・獲得」へと至ったと言えるだろう。
このような「権利救済」と「権利形成・獲得」の2つの権利擁護の側面に関して、人権センターとして今後どのような取り組みが求められているのだろうか?

3 権利擁護の「拠点」役割

 人権センターが毎週水曜日に行う電話相談には、現在でも多くの入院中の患者さんから、様々な相談が寄せられる。人権センターニュースに載せられた過去3年間の「入院患者さんの声」を分析してみると、下図のように、今なお多くの精神障害者が、入院中に様々な権利侵害を感じている、ということが明らかになった。
これらの切実な「入院患者さんの声」に真摯に向き合うこと。この「権利救済」的側面が、人権センターのこれまでの、そしてこれからの活動の基本となることは間違いない。
だがその一方、これらの「声」から明らかになった精神科病院における構造的問題を解決するために、精神医療オンブズマンや退院促進事業の全国での定着化、情報公開のさらなる促進、障害者自立支援法や医療観察法などの精神障害者に関する法律の施行後の実態の監視や改善案の提言、などを意図した「権利形成・獲得」戦略を人権センターがとる必要があるだろう。
だが、後者の戦略に関しては、大阪府レベルの活動ではなく、全国レベルの法律の政策分析・立案が求められる。これらの活動を一つの民間非営利権利擁護団体でカバーするのには勿論限界がある。そこで、今後求められる動きとして、全国から精神障害者の権利擁護に関する情報を集約し、発信する権利擁護の拠点的役割が必要とされている。
例えば先述のアメリカ・カリフォルニア州においては、「不必要な入院は差別だ」と規定したオルムステッド裁判以後、いくつかの権利擁護団体が中心となって結成されたアドボカシー団体が州政府に働きかけて、精神障害者の地域ケアに当てるための財源を確保する法制度の成立など「権利形成・獲得」戦略をとっていた。その際、PAIが権利擁護機関の「情報集約・発信拠点」的役割を果たしていた。また、このPAIの上部団体として、Bazelon Center for Mental Health Lawなどの連邦レベルの権利擁護機関が、各州の精神保健福祉施策の比較や、連邦レベルの精神障害者に関する法制度のチェック・対案作り・草案へのコミットメントなどに働きかけている。
人権センターが中心となって大阪府レベルで培ってきた「情報公開」「精神医療オンブズマン制度」や、当事者団体(大精連)と連携して行った「自立支援法」制定過程での法案の監視や提言などを、今後全国レベルで広げていく必要がある。その際、自治体レベルの情報分析は地域ごとに可能だが、国レベルの政策変遷を追いかけるには、情報を集約・分析・発信する拠点的機能が必要であろう。人権センターがその中核機能になるかどうかは別として、国や自治体の精神保健福祉政策に関する監視やその対案作りに、経験と蓄積のある人権センターが積極的にコミットすることが、今後ますます求められている。
もちろんそのためにも、国や自治体レベルの政策や病院現場の現状と課題を見極め、何が問題か、を把握した上で、適切に「問題化」する眼を持つ市民や権利擁護団体スタッフをどう育てるか、という人材育成上の課題にも直結する。この点でも、20年の経験と蓄積のある人権センターが、今後権利擁護活動を全国展開していく上で要となる人材の育成にどう関われるか、も問われているといえるだろう。

4 大阪の実践をどう全国に伝えていくか

 また、直近の課題としては、制度化して3年が過ぎた精神医療オンブズマン活動を、どう全国に伝えていくのか、も人権センターに問われている課題である、と言えるだろう。大和川病院事件後の大阪府の精神保健福祉政策に関する独自の取り組みとしては、この精神医療オンブズマン制度と共に、退院促進支援事業が挙げられる。この後者に関しては、2006(平成18)年4月に施行された障害者自立支援法においても、法定化され、72000人の退院可能な精神障害者の退院促進に向けた取り組みとして各地で数値目標もいれた計画として実体化されつつある。一方、精神医療オンブズマン制度については、現在千葉や宮城などで県レベルの実施が検討されている。
精神医療オンブズマン制度が発足する以前、この制度の前身となる人権センター独自の活動である「ぶらり訪問」時代から、府下全ての精神科病院を何度も人権センターが訪問し、入院患者さんへの聞き取りや、保護室を含めた閉鎖病棟の視察、その後病院側とのやりとりという一連の取り組みを行い続けてきた。これは、個別患者の「権利救済」の側面と、病院全体の改善という「権利形成・獲得」の両側面がミックスされた活動であり、この数年間の大阪府下の精神科医療全体の質向上に大きな役割を果たしている。
この、市民による精神科医療機関の訪問活動を通じた精神科医療の質向上、という大阪の仕組みや実践を全国に伝えていくことはこれからの大切な課題と言えるだろう。例えばこの20周年記念冊子作りなどを通じた、運動展開の記録化は、他の地域で実体化するための基礎資料として役立つことが出来るだろう。また、受け入れる病院側とどのような信頼関係を築いてきたのか、あるいは大阪府精神保健福祉審議会の下に置かれた「連絡協議会」の場で、どのようなことが議論され、どういう解決策へと導かれてきたのか。さらには、実際のオンブズマン訪問の手はずやその報告書の中身、報告書作成のノウハウや、報告後の病院からのフィードバックの実際、など、オンブズマン活動全体に関するマニュアル作成ややり取りの記録も重要になってくる。

 精神病院内部における本人の意志に反する処遇、不適切・不十分な治療や説明などの権利擁護上の課題は、何も大阪に限った問題ではなく、全国的な課題である。
これらの権利擁護の問題に対しては、現在でも精神医療審査会や日本医療機能評価機構といった第三者機関が関わってはいる。だが、残念ながら現行の審査会制度では、「審査請求」といった公式の訴えに至る以前の、入院中の患者さんの困りごとやつらさ、しんどさ等を伝えられる場とはなっていない。また審査会も医療機能評価機構も、医師(および医療従事者)が審査や評価の中心的担い手になっており、あくまでも専門家による「外部評価(審査)」の側面が強い。精神医療審査会が存在していたにも関わらず大和川病院の実態が放置されていたことを考えると、専門家(医師という同業者)による外部評価には限界がある、と言える。
他方、人権センターがこれまで取り組んできたのは、精神科医療を受ける側が生活者として、人としての尊厳が護られているか、に着目した、いわば市民の目線に立った第三者評価であった。元入院患者や地域の支援者、一般の市民をオンブズマンとして養成し、精神科入院の同じ境遇を味わった体験や早期に地域生活へ戻れるよう支援に入った体験などを活かした、権利擁護活動を実践してきた。こういった、医療者の視点ではなく、一市民として「入院患者さんの声」を拾い上げ、そこから権利擁護活動を展開する第三者機関の存在は、大阪だけでなく、全国的に求められている。
今後、人権センターは、これまで20年にわたり蓄積してきた経験や情報、ノウハウなどを他の地域に伝えていく中で、全国各地で、その地域の実情にあった市民の手による精神障害者の権利擁護活動が生まれていくための支援役として活動することも期待されている、と言えよう。

 

参考文献

伊藤哲寛,大原美知子,川副泰成,小林信子,里見和夫,白石弘巳,竹端寛,平田豊明,山角駿(2004)「精神医療における情報公開と人権擁護に関する研究」厚生労働省科学研究費補助金 入院中の精神障害者の人権確保に関する研究 平成13~15年度総合研究報告書:p.27-50
北野誠一(2002)「権利擁護」佐藤久夫・北野誠一・三田優子編著『福祉キーワードシリーズ 障害者と地域生活』中央法規,p.20-23
竹端寛(2001)「日本の精神病院への行政監査の現状と課題」ボランティア人間科学紀要 Vol.2 p.51-69
竹端寛(2006)「カリフォルニア州における精神障害者への権利擁護の実情(上)」季刊福祉労働,110,p.142-147

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