1 ぶらり訪問からはじめて
ぶらり訪問
大和川病院事件のような不幸な事件を二度と起こさないためには、府下の精神科病床を持つ全ての病院を訪問し、患者の声を聞き、市民の目によって病棟を点検する訪問活動が必要であった。1998(平成10)年7月、大阪精神病院協会の役員会の場で「これまで精神病院で起こってきた人権侵害事件の背景に横たわっていた閉鎖性をなくし、患者が安心してかかれる医療に一歩でも近づけるため、病院訪問をおこなって、その情報を公開していきたい」と説明し、協力要請をした。その場に出席していた病院長の方々も、大和川病院事件の繰り返しを防ぐには精神科病院の風通しをよくし、市民の視線を浴び、利用者の声に耳を傾ける時代が来ているとの意見だった。こうして病院訪問活動がスタートした。
人権センターでは、設立当初から入院患者の依頼による病院面会活動に取り組んできたが、病院全体を訪問したのはこのときが初めてだった。閉鎖病棟の訪問を中心に、保護室の環境や病棟から外部への出入りの状況、自由に使える金銭の所持の状況などを重点的に調べた。病院としての努力や工夫を聞いたり、疑問をぶつけて話し合う機会を持つことができた。病院訪問には、人権センター事務局、入院・通院体験者、ボランティア市民など32名があたり、延べ人数は約200名に達した。長いときでは午前11時から午後7時頃まで時間をかけたところもあり、1病院あたりの訪問時間は平均5.5時間で、合計時間数は230時間を越えた。
「扉よひらけ」
そして2000(平成12)年には、全病院の訪問結果や病院へのアンケート結果、情報公開で得られたデータ等をまとめた冊子「扉よひらけ」を発行した。
冊子は病院で、実際に目にし耳にしたことをもとにありのままを伝え、また率直な感想をまとめたものである。各病院の訪問記を800字にまとめることは、大変な作業だった。できるだけ主観的な見方は排除するように努めたが、あるいは病院の立場からは異なる見方があったかと思う。また、病院は日々変化しつつあり、訪問日を明記した。病院の中には様々な機能を持つ病棟があり、私達が訪問当日短時間に見聞したことだけで病院全体の治療機能を評価することは困難であった。地域住民や地域の社会資源と病院との間でどのような交流がもたれているかなどは、大切なポイントではあったが評価の範囲を越える問題であった。
アンケートについては、大阪精神病院協会の賛同と協力を得て、府下に精神病床を持つ全ての病院に、療養環境の基本的な項目(金銭やテレホンカードの所持、面会場所や時間、閉鎖病棟から外部への出入の状況)に関する質問書を送り、64病院中、61病院から回答があった。
また、病院ごとのデータとしては、大阪府から情報公開の手続きにより公開された情報(病床数、看護基準、各職種ごとの常勤・非常勤の職員数)や、公開された情報にもとづいて「常勤医1人あたりのベッド数」「5年以上の在院患者率」「3ヶ月未満在院者率」「任意入院のうち8時間開放処遇率」なども割り出して掲載した。
この冊子の反響は大きく、以来当センターには精神科病棟に関する経験談を含む市民の声がより多く届くようになった。
2001(平成13)年には、入院されている方の面会と病院訪問活動をなるべく事前予告なしで実施し、訴えを聞く活動を拡大していった。その訪問活動は23回、面会活動32回である。2002(平成14)年度は、訪問活動5回、面会活動39回である。これは諸般の事情から精神医療オンブズマン制度の発足が、連絡協議会で正式に確認されたのが2003(平成15)年2月と大幅に遅れてしまったことによる。
2 オンブズマンから見た精神科病棟
精神医療オンブズマン制度発足後、2003(平成15)年度1年間の訪問先は15病院、2004(平成16)年度には7病院、2005(平成17)年度は20病院訪問した。1病院あたりの病院滞在時間はおよそ3~4時間程度、訪問者数は1病院あたり4~8人で、1班を2~3人構成にして活動を行っている。班毎に担当する病棟を決め、病棟滞在に重きをおいている。
病院訪問活動では、「入院中の精神障害者の権利に関する宣言」(P. 90参照)(以下「患者の権利宣言」と表記)が守られているかということについて、利用者への情報提供の実情、隔離室の療養環境、病棟の療養環境、入院者からの聞き取り、という大きく分けて4つの視点で活動をしている。訪問活動の後、各オンブズマンの報告をつきあわせて報告書としてまとめる。この報告書は病棟での見聞をまとめた「活動内容」の部分と訪問先の病院等に改善を検討していただきたい「検討事項」の部分から構成される。
報告書で取り上げられることの多い事項を中心に、問題点と病院によって異なる処遇の具体例をいくつか述べる。
(1)任意入院患者の開放処遇
任意入院は原則開放処遇であるが、精神保健福祉関係資料(※1)によると任意入院の患者の約6割が閉鎖病棟に入院している。外出するには職員に申し出て鍵をあけてもらうという仕組みが多い。任意入院の患者が鍵のかかった閉鎖病棟にいることについて、病院側は「看護職員に言えばいつでも出られます」と説明する。しかし、出たい時にいちいち看護職員に言わなければならないのは心理的に大いに抵抗があり、口に出せないままあきらめてしまうことも多いだろう。また、出たい時に常に職員の手が空いているとは限らないから、実質的には開放処遇の制限に当たるといわざるを得ない。
開放処遇の病棟を増やし、患者の実態に即した処遇を実現していただきたいと病院側に伝えている。
(2)入院患者による病棟作業
入院患者がホール・廊下・風呂場・トイレ等の掃除や下膳などに従事している病院があった。それらの病院では、「退院後の暮らしの中で清掃は大事だから」「最低賃金法の定める最低賃金を支払っている。患者がお金を貯めたいと希望するから」と説明した。訪問後にこのような作業を廃止した病院もある。また、ある病院では患者から「5年くらい前までは厨房の仕事、病院周りの掃除、洗濯、病院近くの畑仕事などあった。シーツ交換も自分でしていた。今はない。今はそういうことは病院がしないといけない時代になったと病院職員が言っていた。」という話を聞いた。
社会復帰のためのリハビリというならば、個人ごとに必要なリハビリ計画を立てスタッフをつけて実施すべきであろう。治療を受けるために入院している患者が、一方で診療報酬を支払い、他方で院内作業に従事してアルバイト収入を得るというのは、短期で治療を終え、退院していくべき場であることを考えると、不合理である。こうした作業は他科では考えられないことである。
治療を提供する側と治療を受ける側の関係は、特に精神病院においては、後者の方が弱い立場に立たされることが避けられない。保護室や鍵が存在する限り、患者が、対等な立場で、院内作業に従事するか否かを選択できるような力関係ではない。また、治療を受けるために入院している患者に、病院運営上欠くことができない作業(掃除、下膳もそれに当たる)を担わせることは、当該患者にその作業を休むことができないという心理的負担感を抱かせ、そのことが治療上マイナスの作用を発生させている。
更に、患者の話によると、「下膳担当の患者が、食事に少し時間のかかっている患者に『早く食べろ』と言ったり、掃除担当の患者に他の患者が『早く掃除しろ』などと言ったため、トラブルになるのが嫌だ。」とのことであった。患者が院内作業に従事することにより、患者同士の間に軋轢を生じさせている。
治療を受けるために入院している患者に、病院運営上欠くことができない作業を担わせることはやめるべきである。
(3)プライバシーの保護
【ベッド毎のカーテン】
ベッドを仕切るカーテンは、全く設置していない病院、一部の病棟や病室に設置している病院、全てのベッドに設置している病院がある。設置していない病院では、「自殺や事故の防止」を理由にあげることが多い。設置している病院では、事故が起こらないようにカーテンレールを直接天井に設置し、体重がかかると外れるカーテンを使用するなどの工夫をしていた。
患者の権利宣言では「1.常にどういうときでも、個人として、その人格を尊重される権利」「7.できる限り開放的な、明るい、清潔な、落ちつける環境で治療を受けることができる権利」が保障されている。
そして事故防止に配慮しながらカーテンを設置している数多くの病院がある。患者の基本的なプライバシーに配慮する視点から、精神病院においても一般科の病院と同様に、カーテンを設置すべきである。
【トイレの個室の扉・鍵】
日本における一般のトイレは、外から覗かれる心配のない扉がつけられ、中から鍵を掛けて安心して使えるようにつくられている。しかし訪問した精神病院の一部では下記のようなトイレが見られた。
扉がないトイレ、扉に鍵がないトイレ、扉の高さが130センチくらいで(個室の外側から鍵を開けられるように)鍵がドアの上の方に付いていて、入ってきた人と顔が合うトイレ、身長が160センチくらいの人が立つと中が見えるトイレ、ドアがぴったりと閉まらず鍵もかけられないトイレなどである。入って便器に座ると分かるのだが、大変落ち着かない。このような病院では、「安全管理のため」、「もしものときにすぐスタッフが対応できるように」と説明があった。
鍵付きの普通の扉のトイレがある病院では、「非常時に外から開けることのできる鍵を使用したり、ドアの隙間から定規を差し込んで上げると鍵が外れるようにしている」と説明を受けた。
患者の権利宣言には「1.常にどういうときでも、個人として、その人格を尊重される権利」とある。適切な排泄環境の保障は患者の尊厳を守るという意味で重要である。そのような配慮とともに事故防止への工夫もしている病院も数多くある。安心して使え、プライバシーが守られるトイレにするべきである。
患者の羞恥心に対する無関心や配慮の欠如が患者のプライドを深く傷つけ、長く癒しがたい心の傷を残すことにつながるのではないだろうか。
(4)病棟の療養環境
【隔離室から看護職員を呼ぶ方法】
ナースコール、集音マイク、モニターテレビの全てが設置されている病院、どれかが設置されている病院、設置されていても電源を切っていて使用していない病院、どれもがないというような病院がある。このような病院では「頻回に見回りに行く」との説明があるが、患者が水がほしいと思うときと見回りの時が重なるとは限らない。その場合は、患者が看護師を呼ぶためには扉を叩く以外に方法がない。隔離室に入ることが必要であるような患者には手厚いケアが求められる。外から鍵を掛けられた隔離室の中から、看護師を呼ぶためには扉を叩く他ないとすれば、それは患者の権利宣言「1.常にどういうときでも、個人として、その人格を尊重される権利」「4.……落ちつける環境で治療を受けることができる権利」が保障されるといえない。
ナースコールについては「事故防止」「壊す患者がいる」などを設置しない理由にあげる病院がある。一方でコードがなく壁に直接ボタンを設置している病院がある。大阪府精神障害者権利擁護連絡協議会で、ある院長から「隔離室にテレビを設置した。壊すといけないので小さめのにしたが、誰も壊さない。患者は必要、大切と感じるものは壊さないのではないかと思う。」との発言があった。隔離室に入る患者にとってナースコールはいつでも看護師を呼ぶことができるという安心感を持つことのできる、とても大切なものではないだろうか。
【薬の受け取り方】
薬については、患者が詰所等に取りに行く病院、看護師が病室の患者のところに行って手渡す病院がある。詰所で渡される場合も、手渡しではなく、患者が口を開け、そこに看護師が薬を入れるという病院もある。
患者が薬をとりにいく病院では「誤って違う患者に渡したり、違う薬を渡すことを防ぐため」とか「1室ずつまわる人手が足りない」との説明を受けることがある。病室をまわり、患者一人々々に薬を手渡す病院の職員からは「病室の患者の側にいき、一人々々確認しながら手渡す方が間違わない」との説明があり、患者からは「声をかわし納得して飲める」「取りに行って並んで受け取ったり、口に入れられて飲んでいたときは、飲まされているという気持ちだった」との声があった。患者が薬物療法の目的を理解し、副作用などについての不安を持たずに納得して服薬できるようにするためにも、看護師が病室をまわり、患者の名前を確認し、薬を手渡すという方法が導入される必要がある。
【公衆電話】
公衆電話は、病院によって詰所のカウンター、詰所の出入り口の横、詰所の前、廊下、デイルームの一画など置かれている場所は様々である。廊下、デイルームでも人通りが多いところとそうではないところがある。
詰所の近くや人通りの多いところに電話を仕切りもなく置いている病院からは「スタッフは聞かないように配慮している」「配線の都合上そこにおくしかない」との説明を受けることがある。もう少し詰所から離せないか、との提案に応じて病院で設置場所を変更した病院も多くある。ボックス型になった所もある。
患者の権利宣言には「9.通信・面会を自由に行える権利」と書かれている。他人に聞かれたくないプライベートなことや、病院や職員に対する不満などを、周囲に気兼ねなく電話できる環境へと改善すべきである。
【金銭管理】
全ての患者の金銭を預かる病院と、鍵付のロッカーがあり金銭の自己管理ができる病院がある。病院によっては一部の病棟には鍵付きのロッカーがあり、自己管理ができるが、別の病棟では鍵付きロッカーもなく、自己管理ができないというところもある。
金銭を病院に預け、院内の売店の買い物や自動販売機などでの支払いには、伝票・カード・病院専用コインを使う病院もある。退院後の生活を配慮し、自己管理を積極的に勧める病院では、院内に銀行の自動支払い機を設置してカードを自己管理にする、あるいは1日ごとに定額を渡す、1週間ごとに定額を渡すという環境設定もある。
退院して地域で暮らす時、物の値段や貨幣それぞれ1枚の価値に対する感覚は生活力としてとても重要である。長期間にわたって金銭を使えないということは、こうした生活力を損なうおそれがある。仮に病院が管理する必要がある場合でも、最小限にする努力をすべきで、少なくとも全員のベッドサイドに鍵付きロッカーを整備し、個別の対応をすべきである。
金銭管理の手数料については、病院によって1ケ月0円~12000円の格差がある。患者からすれば、「入院時、金銭は預けるしかなかったのに、更に毎月の管理料も差し引くとは」との声を聞くこともある。選択できない弱い立場である患者に対し、ロッカー使用料、金銭管理料とさまざまな手数料を二重三重に徴収することに疑問を感じる。
【入院医療費以外の費用徴収】
患者から「毎月の入院費用の請求が高く感じられるが、かかった費用の明細をもらえない」「入院医療費以外にその他としてたくさん支払っているが、中身は分からない」「毎月年金が残らないほど病院に支払っている」「生活保護で入院中だが、病院への支払いが多く、普段使えるお金が足りないから電話もできない」「トイレットペーパー1巻を100円で買う」などの声が寄せられている。
病院側は「患者から要望があれば明細を出し、説明している」と言う。しかしそのことが患者に周知されていれば上記のような声はないはずである。
療養の給付と直接関係ないサービスについての費用徴収については、「患者に対し、徴収に係るサービス等の内容及び料金について明確かつ懇切に説明し、同意を確認の上、徴収すること」とされている(平成17年9月1日厚生労働省保険局医療課長・厚生労働省保険局歯科医療管理官『療養の給付と直接関係ないサービスの取扱いについて』より)。
(5)退院へ向けてのサポート
患者からは「退院したくない」、「病院に対してそんな不満言ったら追い出される」という声を聞き、病院職員からは「患者さんは『ずっとここ(病院)にいたい』と言う」という説明を受けることがしばしばある。
患者がそう言うしかない背景が問題ではないだろうか。長期入院の患者の多くは高齢者や単身者であり、退院を実現するには家族に代わって地域生活をサポートするサービスが不可欠である。
病棟で患者の話を聞くと、こうした退院後の地域での生活を支えるサービスについて病院からの説明されることがまだまだ少ないことがわかる。地域での生活支援サービスについて説明を受け、疑問点をただし、また実際にグループホームや日中の居場所などの社会資源を見学し、試験的に体験する機会をもってはじめて、患者は退院後の生活について、希望をもって見通しを立てることができるだろう。こうした情報の提供と、適切なアドバイスこそ、PSWをはじめとする病院のスタッフに求められているのではないだろうか。
また、長期に入院し、病棟内の決まった生活リズムを繰り返す中で、新しいことをやっていく意欲や自信をなくしている患者もいる。その中で、退院支援を実践しているPSW(精神科ソーシャルワーカー)や退院促進支援事業の自立支援員(※2)から「社会的入院となった患者の退院へのサポートには大変な労力と時間がいる」との話を聞くことがある。
【PSW】
病院が毎年行政に届け出ている病院ごとのPSW配置については、患者20人くらいに1人のPSWがいるという配置から約400床の病院に1名の配置という病院まである。また、PSWの配置が多い病院でもデイケアや社会復帰施設専従のPSWである場合や事務と兼任している場合もあり、病棟の患者の声をきき退院支援に向けてPSWがどれくらい時間を割いているのかの実態は、病院が届け出ているデータや訪問の際にお話をお聞きするだけではわからない。
ただ、訪問時、PSWに病棟まで案内してもらった際に、そのPSWと患者や職員のやりとりから日ごろ積極的に病棟に足を運び、患者の声をきいていることを感じとることができる病院はある。
患者から「PSW(病院によって相談員、ケースワーカー等と呼ばれるところもある)を知らない」「退院の相談は誰にするのか?」「退院については主治医に言う」「PSWは年金や生活保護、預かり金の話をする窓口」、ホームヘルパーやグループホームなどの地域資源について「しらない」「聞いたことない」との声が多く聞かれる病院がある。一方で、患者ごとに担当PSWがあり、患者自身も担当PSWをよく知っており、PSWが毎日頻繁に病棟に滞在する時間を設け退院についての不安を聞いている病院もある。そのような病院では、退院後の生活についての相談窓口としてPSWを紹介した貼り紙があるなど、患者からPSWにはなしかけやすい環境をつくろうとされている。
(6)投書箱
【投書箱の設置】
病棟内に設置、外来にはあるが病棟内にはない、設置していない、などいろいろな病院がある。病棟内の設置場所についても、詰所前か詰所から離れた位置に設置されているかでは使い勝手が違う。また、投書箱のそばに紙やペンがある病棟とない病棟がある。
【入れられた投書への対応】
投書箱を開ける人、検討する場、回答やその公開までの流れが明らかになっている病院とそうではない病院にわかれる。検討される場についても、特定の委員会に決まっている病院(多くは人権擁護委員会、サービス向上や顧客満足度などについて検討する委員会が担当している)と、投書の内容によって病院各部署ごともしくは委員会ごとに振り分けられる病院がある。そして投書箱に入れられた意見とそれに対する回答が掲示や機関紙等で公開されている病院と、答えは張り出さない病院がある。
回答の公開をしていない病院については、病院側から「投書箱にはほとんど投書が入らない」「投書箱は必要ない」「廃止した」との説明を受けることがあった。また、「個別対応で患者一人一人の意見は聞いている」と説明する病院もあるが、そのような病院であってもオンブズマンが伺うと病院に対する苦情や不満なども出てくることがある。
病棟によって、あるいは患者によって、職員に対し、面と向かっては言いにくいこともあるのではないだろうか。投書箱の投書への回答をQ&A方式で公開している病院では、患者の投書、病院側の答えがわかり、また患者の声によって改善された例もあり、投書箱が活用されて患者の声が活かされていることが伝わる。
(7)ナースコール
病室のナースコールについては設置されていない病院、部屋ごとに設置されている病院、ベッドごとに設置されている病院にわかれる。設置していない病院では「ナースコールについている長いコードは事故につながる」と説明される。設置している病院ではコードの短い方式やボタン式で設置している。「設置する時、ナースコールを押し続ける人がいたらどうするか、と心配した。しかし、病状によっては頻回に押す患者もいるが、一時的なことであり、心配していた程ではなかった。対応しきれている。」との説明をうけた。
3 「入院中の精神障害者の権利に関する 宣言」は守られているか?
患者の権利宣言をひとつひとつ見ていくと、普通は当たり前と思われるようなことが書いてある。しかしこの当たり前のことが、精神科の病棟では守られていない現状がある。
事故防止と患者の権利
病棟で様々な患者の権利が制限されていると感じることについて、その理由を病院側に質問すると「事故を防止するため」といわれることが多い。もちろん医療事故を未然に防止する為の対策は医療の現場に求められていることである。一方で事故防止への対策にのみ力を入れると、管理が優先されて患者の権利は侵害されがちである。(隔離室やそのトイレの構造、各病室などが廊下、詰所から丸見えであること、各ベッドサイドのカーテンが設置されていない、トイレの鍵がなく、扉の高さが低いなど)
しかし、オンブズマン活動を通じて複数病院を訪問をすると、前述したように病院間で様々な違いがあるのがわかる。ある病院では「事故防止」のために患者の権利が侵害されているが、ある病院では、「なんらかの工夫をする」「個別対応をきめ細かくする」などによって事故も防止し、患者の権利も守られている。ある病院の院長は「事故防止と患者の権利を守ることは、ジレンマであり、悩みが伴う」と言われた。このジレンマに悩む現場は様々な工夫を生み出そうとする。しかし患者の権利と行動制限などとのバランスを悩まない現場では、事故防止などが前面に出て一括管理や一律のきまり等が多く、人としての権利がしばしば無視ないし軽視されるような病棟環境を作り出している。
「患者の権利宣言」を知らない人もいる
オンブズマンとして病棟を訪問すると、わずか数時間の滞在で様々な権利侵害と思われるようなことに出会う。
患者の権利宣言4には、「退院して地域での生活に戻っていくことを見据えた治療計画がたてられ、それに基づく治療や福祉サービスを受ける権利」、5には「自分の治療計画をたてる過程に参加し、自分の意志を表明し自己決定できるように、援助を受ける権利、また自分の意見を述べやすいように周りの対応が保障される権利」と書かれている。
ある病院では「自分の治療計画書はもらっている」と話されるが、他の病院では「そんなこと、先生と話したことない。自分から聞くなんてできない。」と話されることも多い。「患者の権利宣言」があることを看護職員や患者たちが知らないこともあった。
病院側と患者という力関係の中で患者自身が権利を主張するということなどしにくい環境だからこそ、このような権利があるということを絶えず患者、職員に伝え続けることが重要である。
これまで8年間にわたる病棟への訪問活動を通じ、多くの病棟が少しずつ変わってきている。具体的には、ベッド間のカーテンが設置される病院が増えてきたこと、患者専用の公衆電話が詰所から距離をとって設置され、プライバシーが守られる中で電話ができる病棟が増えてきていること、任意入院の開放処遇が進められていることなどである。
一方で、「患者の権利宣言」に謳われている入院中の患者の権利が、実際の病棟では守られていないばかりか、周知されてもいないといわざるを得ない病院もいまだ多くある。
※1 精神保健福祉資料
厚生労働省は、精神保健福祉施策の資料とすることを目的として、毎年6月全国の精神病院の状況を調査しています。所管は同省障害保健福祉部障害保健課であり、各都道府県・政令指定都市に調査を委託し、このデータをまとめて全国レベルの資料にします。この「精神保健福祉資料」について、人権センターでは大阪府に対する公文書の公開請求の手続きにより、大阪府下の病院に関する調査結果を入手し、訪問活動の参考にしたり、ホームページで解説しています。
※2 自立支援員
退院促進支援事業について、院内の面接や退院にむけての地域への外出に付き添う職員。大阪府下では、社会復帰促進協会が雇用窓口となっている。その立場は、PSWや元入院患者など。
実際に訪問活動に参加しているオンブズマン、オンブズマン研修生から、初めて病院訪問活動に参加したときに感じたこと、訪問活動を続けながら感じることという質問をしたところ下記のような回答が寄せられました。