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イタリアにて~日本でもできると感じた理由~上野秀樹│人権センターニュースバックナンバーより

2018.10.19 UP

賛同者企画

イタリアにて
~日本でもできる!と感じた理由~

上野 秀樹(精神科医)

 

1.はじめに

 

 2017年の1月にイタリアに精神科医療の研修に行ってきました。トリエステとトレント、全10日間の日程でした。
 イタリアでは1978年のバザーリア法によって精神病院が閉鎖され、精神病院がない社会がつくられました。実際にイタリア全土で精神病院が閉鎖されたのは1999年のことになります。一方で私たちの日本は、世界の精神病床の約2割にあたる約35万床もの精神病床を有する精神病院大国です。入院期間も長期にわたり、20年以上入院されている方が3万人以上も存在しています。平成4年に精神科医になった私は、この現実を「当然のこと」として受け入れてきました。ずっと日本で精神科医として働いていると、こうした日本の非常識な現実も「あたりまえ」のものになってしまうのです。

 イタリアと日本、両国とも最初の包括的な精神障害関連法を成立させた時期はほぼ同じです。イタリアでは、1904年の法律第36号「ジョリエッティ法」、日本では1900年の精神病者監護法です。ジョリエッティ法では、自発的入院の規定はなく、強制入院のみが定められ、その要件は本人にとっての治療の必要性ではなく、社会的な危険性と公序良俗の紊乱にありました1)。日本の精神病者監護法の目的も精神病者の管理と隔離にありました。同じような法制度から始まった両国の精神科医療福祉の歴史、イタリアでは1978年のバザーリア法による精神病院の廃止、その後の精神障害がある人を地域で支える創意工夫の歴史があります。残念ながら日本では、精神障害者の管理と隔離の思想が現在も脈々と受け継がれていると感じられます。
この違いがどうして生じたのか。考える旅になりました。

 

 

2.イタリア トリエステにて

 

 精神科病院を閉鎖したイタリアですが、全土で精神障害がある人を取りまく環境は同じというわけではありません。

 地域ごとにかなりの違いがあるそうです。私たちが最初に訪問したイタリアのトリエステでは、精神障害がある人を支えるのは地域です。その地域力の中心にあるのが、4カ所に設置されている精神保健センターでした。私たちが見学したガンビーニ精神保健センターのキャッチメントエリアは人口約6万人。週7日間24時間対応をしています。いつでも困ったときに誰かが対応してくれる体制が整えられています。

 利用者は1200人くらいで、主なスタッフは、
医師 4人
心理士 1人
ソーシャルワーカー 1人 そのアシスタント 1人
リハビリ担当者 1人
看護師 16人 アシスタント 8人
とのことでした。職員は、白衣などのユニフォームは着用せず、利用者と同じ目線で接することができるように工夫されています。どうしても生じてしまう、サービス提供者と利用者という関係性を減らすための工夫がたくさんあります。
 その一つが精神保健センターの受付です。敷居があったり、カウンターがあるわけではなく、写真のようにただのテーブルであることがポイントです。困っている人が、どうやって必要な支援にアクセスしやすくするか、その課題に真剣に取り組んでいることがわかります。
 もう一つ、精神保健センター見学で心に残っているのは頻回に行われているミーティングの話でした。たとえば、朝8時からのミーティング、これには医師も参加します。ここで注目すべきは参加者の関係性です。トリエステの精神保健センターでは、各専門職種間の関係性がフラットなのです。たとえば医師の意見に厳しい批判があったりするそうです。私が慣れ親しんでいる日本のミーティングでは、医師が主導的な役割を担い、医師の意向に他の参加者が忖度する形でミーティングが進行していきます。医師の意見に対して批判がでることは滅多にありません。
 こうしたミーティングでは、さまざまな経験と知識を持った参加者の意見をまんべんなく引き出し、集積していくことが重要になります。それぞれが自由に意見を言いあえるような参加者の関係性がとても重要なのです。「医師の意見に批判があること」が素晴らしいのではなくて、「医師の意見に対しても、他職種の意見に対するのと同じような反応が普通になされている参加者の関係性」が素晴らしいのです。

 日本に限らず、トリエステでも医療資源や生活支援のための社会資源は限られており、大変貴重なものです。貴重な社会資源を有効に活用し、効率的な支援を実現するためにさまざまな工夫もなされていました。
 たとえば、トリエステから入院率の高い地域を選び出し、マイクロゾーンとして、特に予防的なアプローチを重点的に行っているそうです。地域ごとの特性に合わせたきめ細かな支援を行い、限られた支援を最大限に活かす工夫がなされていました。

 トリエステの精神保健センターは、あくまでも利用者の目線に立ち、人間が人間としてあり続けることを支援する場でした。そのために、
・食事の提供
・喫茶の提供
・居住の場の提供
・研修の提供
をしています。利用者一人一人には個別のプログラムが用意されています。ここでの支援の基本は、密接な人間関係をつくることです。人間関係などのネットワークが重視されています。
 社会的な存在である人間はさまざまなネットワークをつくって、その中で生活しています。その人らしい生活の実現にはこうしたネットワークの存在が欠かせないのです。

 厳しい制限を伴う精神科病院への入院はそのネットワークを切断してしまうのです。私の経験から振り返ってみると、私が精神科病院で病棟を担当していたときには、「精神症状の薬物療法による治療」を最優先にしていました。その人の生活を支えるさまざまなネットワークの重要性については、ほとんど考えることがありませんでした。入院後の面会は基本的に家族に限定していたりしたのも、その表れです。それまでのその人の人生からその人を切り離して、薬物療法による精神症状の改善だけを目指していたのですが、今から考えると最も大切な部分を見失っていたように思います。

 トリエステにおける精神保健活動の中心である精神保健センター、ポイントは生活を支えるさまざまなサービスが24時間切れ目なく提供されているということでした。そこに行けば、24時間365日あらゆる問題に対応してくれる精神保健に関するワンストップサービスが提供されているのです。

 

3.精神病床のあり方

 

 イタリアでは精神病院が廃止されましたが、精神病床が全くないわけではありません。総合病院の中にSPDCと呼ばれる精神病床が存在します。
 なぜ総合病院の中なのでしょうか?精神病床が必要な場合を考えてみましょう。
 急に精神症状が悪化して、入院加療以外では改善することが難しいような場合があります。たとえば激しい幻覚や妄想があり、興奮しているようなときです。こうしたケースで必要な医療は何でしょうか。統合失調症や覚醒剤精神病などでこうした精神症状が出ているときには、安全な場所に保護してあげれば、治療開始が少し遅れてもそれほど大きな問題にはなりません。こうした精神科救急で最も大切なのは、身体疾患が原因で精神症状が出現している、いわゆる症状精神病のケースを見逃さないことです。たとえば脳炎などが原因で、あたかも統合失調症のように見える精神症状を呈することがあります。脳炎は治療開始の遅れが重大な後遺症や死亡の原因となります。症状精神病では、誤診やちょっとした診断の遅れが許されないのです。精神科医療でもし病床が必要だとしたら、その病床は身体疾患がきちんと診療できる必要があるのです。その点から言うと、単科精神科病院ではなく、総合病院の中の精神病床が望ましいということになります。イタリアのSPDCはその点で理にかなっています。日本では、単科精神科病院の病床は減らず、総合病院の精神病床が減少しているという現状があります。
 たくさんの病床を持つ精神病院が再現してしまうのを避けるためにSPDCは国レベルでは最大16床と定められました。私たちが見学したトリエステのSPDCは6床でした。病棟の扉は常に開いており、拘束などは使用することなく運営されています。病床の回転は早く、SPDCへの入院期間はごく短期間だそうです。実際、私たちが訪問したときも1人しか入院していませんでした。その次に訪問したトレントでもSPDCは同じような形で運用されていました。そして、人口13万人のトレントで年間の強制入院数は多くて8件とのことでした。地道な地域活動による支援を徹底していると、入院が必要な程度に悪化してしまうケースが減っていくことがわかります。
 精神病床をめぐる状況も、イタリア全土で同じではありません。全国のSPDCの中で、拘束なし、扉は常にオープンというトリエステ方式で運営されているSPDCは8%くらいだそうです。地域によってはたくさんのSPDCを設置し、それぞれをミニ精神病院のように運営しているところもあるそうです。イタリアでの精神科医療保健の取り組みに対して、評価に大きなばらつきがあるのは、こうした各地域の異なった状況を反映しているのかもしれませんね。

 

4.トリエステの精神保健が違うのはなぜか?

 

イタリアの中でも地域によって大きなばらつきのある精神保健。トリエステでの精神保健が他の地域とは違う理由を質問してみました。その答えは、トリエステではバザーリア改革の当時、現場にいた人たちが「長老」として存在していることでした。今でも長老たちが現場で常に議論を重ね、そのために基本的な考え方がぶれないのだと言うのです。「基本的な考え方」とは何でしょうか?トリエステでは当事者の人間性を回復することを何より重要な価値としていて、それが徹底されているのです。

 日本の精神科医療では、精神症状の改善を重要な価値として追求し、「精神症状の改善」のためにさまざまな支援を工夫しています。それに対して、トリエステでは当事者の人間性を回復することが実現すべき最も重要な価値とされています。当事者の人間性の回復のために、さまざまな支援方法を工夫しているのです。何を重視して支援するのか、これはとても大きな違いであると感じました。

 

5.トレントにて 

 

 トリエステの研修の後、トレントで一日研修を受けました。
 20年前のトレントでは、家族からたくさん文句を言われるほどに精神保健サービスの内容がひどかったそうです。それが評価されるサービスに変わった、どうして変わったのでしょうか?

 トレントの精神科医療サービスで大切にしているものは「ハート」です。共感にあふれた人間的なアプローチがサービスの核心にあり、そのためには当事者、家族を中心にサービスを動かすことが鍵になります。トレントでも医師と当事者というヒエラルキーはありませんでした。
 10年前から活動しているというUFEという取り組みが鍵であると感じました。UFEとはイタリア語で、当事者(Utenti)、家族(Familiari)、専門職(Esperti)の頭文字をとったものです。いまではUFEの取り組みは精神保健局の全ての分野で活動しています。UFEが生まれた背景にはこのような考え方がありました。精神保健分野の専門職には、それまで専門職として精神障害がある人を支えてきた経験と知恵があります。当事者は精神疾患の当事者としての経験と知恵があり、家族にも精神障害がある人を身近で支えてきた経験と知恵があります。当事者の経験と知恵、家族の経験と知恵も専門職の経験と知恵に劣らず、とても重要で価値が高いものです。こうした三者の経験や知恵を統合して、よりよいサービスを生みだしていこうと考えて、UFEの取り組みが始まりました。
 具体的には、精神保健局の正規職員として当事者、家族を雇用するのです。当事者、家族が専門職と同じレベルで仕事をするようになり、同等に扱われるようになるのです。当初、専門職から強い反発があったといいます。しかし、UFEの取り組みを通じて最も変わったのも専門職でした。
 UFEの取り組みは、当事者、家族を「専門職がサービス提供の参考のために、ご意見を伺う人」から、「一緒にサービス提供をする仲間」に変えてしまう取り組みです。当事者、家族から参考に意見を聞くだけであれば、専門職が変わらない可能性も多々あります。しかし、UFEの取り組みでは、専門職も変わらざるを得ないでしょう。話をしてくださったレンツォ・デ・ステファニ局長は、「UFEの取り組みによってケアを提供する側のハートを変えることができた、さらに自分も寛容な人間に成長することができた」とおっしゃっていました。
 日本で精神科医師として20年以上仕事をしてきました私は、どうしても「医師の立場」で相手に接してしまう癖、相手と自分との間に「(上下関係のある)適切な距離」を設定してしまう癖が抜けません。これが私にとっての安心なのです。しかし、UFEのように当事者、家族が自分の同僚として仕事をするようになれば、そうした癖も直るかもしれないと感じました。
 トレントでは、さまざまな取り組みを通して、人間の捉え方が変わっていったそうです。当事者自身を問題としてとらえるのではなく、当事者を問題を持った人ととらえるのです。人はそれぞれに問題を持っていますが、その解決のためのリソースも同時に持っています。たとえさまざまな問題を抱えていても解決できると確信することがとても重要です。
 UFEの活動に参加している当事者の方々からお話を伺いました。たとえば、精神保健センターの受付やSPDCの病棟内で働く当事者もいます。当事者の方がおっしゃっていました。「朝出勤して、仕事をする。人に対して愛情深く接しているので、仕事を終えて自宅に帰るときの方がエネルギーが再生しているような体験をしている」と。自分が人を助けることができるとわかったこと、自分の経験が人の役に立つことがわかったことが、何よりも本人の回復を助けるのです。

 

6.イタリアと日本 日本の精神科医療への光明 

 

 イタリアの精神科医療研修、私にとっては日本の精神科医療に一つの光明を見いだす旅になりました。
 今回のイタリア研修で参考になったのは、イタリアでも地域によって精神保健のあり方が同じではないことでした。国レベルの仕組みは同じですが、地域によってその運用の実態は大きく異なっていました。その違いを創り出していたのが、支援者の心の持ち方、考え方だったのです。
 今回の旅で学んだ重要なことは、「思考を変えることによって現実を変えることができる」ということでした。一番大切な価値をどう考えるか、それによって現実を大きく変えることができるのです。バザーリアの言葉、「病気を括弧でくくって、人をみる」、日本でも当事者の人間性の回復を最も重要な価値とした精神科医療を行うときが来ています。

参考文献
1)プシコナウティカ-イタリア精神医療の人類学、松嶋健著、世界思想社

 

 

人権センターニュースバックナンバー2017年10月号 137号

2017年7月23日 医療観察法廃止全国集会 報告/山本 深雪
2017年4月~9月 個別相談活動(電話相談・面会)報告/藤村 愛
個別相談ボランティア養成講座(2017年9月30日)グラフィック・レコーディング・レポート/渡辺 みちよ
福岡県弁護士会の精神保健当番弁護士制度の視察から学んだこと/東 奈央
【賛同者企画】イタリアにて~日本でもできる!と感じた理由~/上野 秀樹
第2回 権利擁護システム研究会~強制入院を知る~ 報告/槙野 友晴
権利擁護システム研究会・論点整理 強制入院を抜本的に問い直すために/竹端寛
療養環境サポーター活動報告/美原病院
療養環境サポーター活動報告/楓こころのホスピタル
入院患者さんの声

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