賛同者企画
イタリアにて
~日本でもできる!と感じた理由~
上野 秀樹(精神科医)
1.はじめに
2017年の1月にイタリアに精神科医療の研修に行ってきました。トリエステとトレント、全10日間の日程でした。
イタリアでは1978年のバザーリア法によって精神病院が閉鎖され、精神病院がない社会がつくられました。実際にイタリア全土で精神病院が閉鎖されたのは1999年のことになります。一方で私たちの日本は、世界の精神病床の約2割にあたる約35万床もの精神病床を有する精神病院大国です。入院期間も長期にわたり、20年以上入院されている方が3万人以上も存在しています。平成4年に精神科医になった私は、この現実を「当然のこと」として受け入れてきました。ずっと日本で精神科医として働いていると、こうした日本の非常識な現実も「あたりまえ」のものになってしまうのです。
イタリアと日本、両国とも最初の包括的な精神障害関連法を成立させた時期はほぼ同じです。イタリアでは、1904年の法律第36号「ジョリエッティ法」、日本では1900年の精神病者監護法です。ジョリエッティ法では、自発的入院の規定はなく、強制入院のみが定められ、その要件は本人にとっての治療の必要性ではなく、社会的な危険性と公序良俗の紊乱にありました1)。日本の精神病者監護法の目的も精神病者の管理と隔離にありました。同じような法制度から始まった両国の精神科医療福祉の歴史、イタリアでは1978年のバザーリア法による精神病院の廃止、その後の精神障害がある人を地域で支える創意工夫の歴史があります。残念ながら日本では、精神障害者の管理と隔離の思想が現在も脈々と受け継がれていると感じられます。
この違いがどうして生じたのか。考える旅になりました。
2.イタリア トリエステにて
精神科病院を閉鎖したイタリアですが、全土で精神障害がある人を取りまく環境は同じというわけではありません。
地域ごとにかなりの違いがあるそうです。私たちが最初に訪問したイタリアのトリエステでは、精神障害がある人を支えるのは地域です。その地域力の中心にあるのが、4カ所に設置されている精神保健センターでした。私たちが見学したガンビーニ精神保健センターのキャッチメントエリアは人口約6万人。週7日間24時間対応をしています。いつでも困ったときに誰かが対応してくれる体制が整えられています。
利用者は1200人くらいで、主なスタッフは、
医師 4人
心理士 1人
ソーシャルワーカー 1人 そのアシスタント 1人
リハビリ担当者 1人
看護師 16人 アシスタント 8人
とのことでした。職員は、白衣などのユニフォームは着用せず、利用者と同じ目線で接することができるように工夫されています。どうしても生じてしまう、サービス提供者と利用者という関係性を減らすための工夫がたくさんあります。
その一つが精神保健センターの受付です。敷居があったり、カウンターがあるわけではなく、写真のようにただのテーブルであることがポイントです。困っている人が、どうやって必要な支援にアクセスしやすくするか、その課題に真剣に取り組んでいることがわかります。
もう一つ、精神保健センター見学で心に残っているのは頻回に行われているミーティングの話でした。たとえば、朝8時からのミーティング、これには医師も参加します。ここで注目すべきは参加者の関係性です。トリエステの精神保健センターでは、各専門職種間の関係性がフラットなのです。たとえば医師の意見に厳しい批判があったりするそうです。私が慣れ親しんでいる日本のミーティングでは、医師が主導的な役割を担い、医師の意向に他の参加者が忖度する形でミーティングが進行していきます。医師の意見に対して批判がでることは滅多にありません。
こうしたミーティングでは、さまざまな経験と知識を持った参加者の意見をまんべんなく引き出し、集積していくことが重要になります。それぞれが自由に意見を言いあえるような参加者の関係性がとても重要なのです。「医師の意見に批判があること」が素晴らしいのではなくて、「医師の意見に対しても、他職種の意見に対するのと同じような反応が普通になされている参加者の関係性」が素晴らしいのです。
日本に限らず、トリエステでも医療資源や生活支援のための社会資源は限られており、大変貴重なものです。貴重な社会資源を有効に活用し、効率的な支援を実現するためにさまざまな工夫もなされていました。
たとえば、トリエステから入院率の高い地域を選び出し、マイクロゾーンとして、特に予防的なアプローチを重点的に行っているそうです。地域ごとの特性に合わせたきめ細かな支援を行い、限られた支援を最大限に活かす工夫がなされていました。
トリエステの精神保健センターは、あくまでも利用者の目線に立ち、人間が人間としてあり続けることを支援する場でした。そのために、
・食事の提供
・喫茶の提供
・居住の場の提供
・研修の提供
をしています。利用者一人一人には個別のプログラムが用意されています。ここでの支援の基本は、密接な人間関係をつくることです。人間関係などのネットワークが重視されています。
社会的な存在である人間はさまざまなネットワークをつくって、その中で生活しています。その人らしい生活の実現にはこうしたネットワークの存在が欠かせないのです。
厳しい制限を伴う精神科病院への入院はそのネットワークを切断してしまうのです。私の経験から振り返ってみると、私が精神科病院で病棟を担当していたときには、「精神症状の薬物療法による治療」を最優先にしていました。その人の生活を支えるさまざまなネットワークの重要性については、ほとんど考えることがありませんでした。入院後の面会は基本的に家族に限定していたりしたのも、その表れです。それまでのその人の人生からその人を切り離して、薬物療法による精神症状の改善だけを目指していたのですが、今から考えると最も大切な部分を見失っていたように思います。
トリエステにおける精神保健活動の中心である精神保健センター、ポイントは生活を支えるさまざまなサービスが24時間切れ目なく提供されているということでした。そこに行けば、24時間365日あらゆる問題に対応してくれる精神保健に関するワンストップサービスが提供されているのです。